新緑の候

今朝ようやくひとつの論考をまとめることが出来た.『神道試論』である.依頼された原稿の字数の倍くらいになったので,これはこれで確定稿とすることにした.依頼原稿は,編集者とどこに焦点を絞るかなど打ちあわせ,別の原稿として再構成するつもりである.それが雑誌に出るのは今年の秋なので,現下の情勢も鑑み,いったんまとめた次第である.
先週の木曜日,京都で授業だったのだが,少し早く出られたので,バスで真如堂へ参ってきた.真如堂天台宗の寺である.応仁の乱で焼失するが,この地に再建される.このあたりはもう半世紀前,学生時代によく歩き回ったところであるが,この日のように雲一つない五月晴れは初めてであった.真如堂の東側のバス停で降りて山道を歩く.如意ヶ獄,八月の十六日に送り火のある大文字山である.それを後ろに見ながら真如堂の境内に入る.深い緑とそこを通る光が織りなす場を少しの間あるいた.
本堂の前の階段に腰掛け,じっと考え事をしている外国の青年がいたが,たしかにそれは貴重な時間であるだろう.境内には地蔵堂やいろいろないわれの小さい社もあり,一つ一つ読みながら歩く.こちらは授業もあり,ゆっくり腰を下ろす時間はなかったのだが,境内を歩いて西側,岡崎の方に出る.出たところに黒住教の教祖黒住宗忠(嘉永三年(1850)没)を祀る宗方神社への階段がある.これを登ると吉田山である.吉田山にはさまざまの神社がある.こちらにも行きたかったのだが今回はここから南に降り,そして西へ歩いて東大路の京大病院の向かい側で京都駅行きのバスに乗った.
日本列島弧の人々はこういう場を大切にしてきた.それが先の一文に書いた社寺叢林である.私は,小さい頃からこういう場が自然であった.それぞれの場が,今も印象深く心に浮かぶ.その場に坐って考え,やってきた.真如堂に参ったその後の二,三日,いろいろと考えが浮かび,ようやくに先の一文をまとめることが出来た.
これからも,日本語の基底から考え,そこに伝えられてきた古人の智慧を今の世にあわせて読みとり,書き残してゆきたい.
十八日は高浜原発が再稼働し電気を送り始めた日であった.関西電力とその後ろにあるものは本当に愚かである.京都の仏教界は再稼働に反対であるが,それは当然で,山川草木悉皆仏性ではないか.高浜原発福島原発のような核惨事が起これば,京都の街もまた大きな打撃を受ける.福島の山々にも幾つもの神社や寺があっただろう.もとより政府は核汚染の実態を隠し続けているが,それは応仁の乱の戦火どころではない,とりかえしのつかない事態なのだ.
経済第一の今の世を,人が第一の世に転換しなければ,核惨事はくりかえされる.
日本神道の原点に立ち返り,万物共生の世を,次代に残さねばと,つくづく思う.