ある雑誌への寄稿

 季刊雑誌『日本主義』第35号に,『言葉の力と「生きる」ことの意味 −−日本語の再定義を求めて』と題した一文を寄稿した.この題名は編集部によるものである.内容は,『日本語定義集』の序論,およびいくつかの基本語の再定義を編集し,まとめたものである.たまたま,原稿募集とあったので送ったら載せることになった.雑誌名からは,民族主義的な傾向が読みとれるが,右派の人とこそ語りあえねばならないと考えてきたので,掲載してくれたのは歓迎である.
 私は,四半世紀以上前にある左翼党派の活動をしていた.そしてそれに破れ,一からの出直しをやってきた.破れたときに,自分の言葉が人々の心の襞には届いていなかったことを痛切に思った.その問題を掘り下げて考えると,近代日本語の問題に突き当たる.人の心の襞に届く思想の言葉を生みだしてゆくには,たいへんな準備が必要であることもわかった.私が青空学園でやってきた日本語の再定義は,その準備のためのそのまた準備でしかない.高校数学の方もやることがたくさんあって,結局二〇年以上かかったが,ようやく人に語りかけようかという段階になり,この一文を寄稿した次第である.
 9月号で書いている人を見ると,昔淡路島空港反対の運動や,部落解放運動をやってきた人,またあの時代に反戦青年委員会や地域闘争をやっていたような人が寄稿していて,書いていることにも幅がある.いずれにせよ旧来の右左は近代主義的な枠の中での右左で,今はそれをこえた上下の方が基本となる時代である.そのように考えるので,書いている人らとできるならいろいろ議論したい.下からやってゆこうという人らとは,立場の違いを認めあって語りあうことが大切だと考えている.そのためにはその前提として,まず,言葉が届かなければならない.今はようやく少しはその準備ができたかな,という段階である.自分としては,「下から」というのはいったい何を土台とすることであるのか,それを考え言葉にしてゆきたいと思っている.そしてそれが,近代主義を越えた「草の根左派」−−この言葉自体を掘り下げることが課題なのであるが,今はまだこれ以上には言えない−−の思想ではないかと考えている.
 また,12月号にも,「いま『夜明け前』を読む」という原稿を載せることになった.『夜明け前』島崎藤村の晩年の作である.2004年に書いた「『夜明け前』を読む」に,それからの12年の世の変転を踏まえて加筆したものである.35号は,手元にまだ何冊かあるので,連絡いただければ送ります.
追伸:かつて何度かメールでやりとりのあった I さんにこの雑誌を送ったところ以下のメールをいただいた.ありがとうございます.個人情報部分をかえて紹介する.

 早速拝読させて頂きました。いや、先生の真摯な研究姿勢に感心しました。「時代は近代日本語の見直しを求めている」という先生のご主張は、確かにそうかもしれませんです。また「aufheben」の話は、へ〜、そうだったのか、なるほどなぁと興味深く面白かったです。
 大きい話では、先生の「経済原理から人間原理へ、世界はいま大きな転換期にある」というご指摘は、確かにそうだろうなと、同感させてもらいました。
 個々の言葉の定義については、私にはもう「ほ〜、そうなのか」ということで感心して読ませてもらうことしか出来ないのですが、でも基本的には、「日本語を再定義」するという仕事は、それ自体として意味のある大事な仕事であると思われますので、私にはあまり専門的な部分での話は分からないのですが、でもきっと「グッジョブ!」になっていると思います。
 私は、日本文明の独自性を研究する中から「やまとことば」のもつ多義性に注目して、中でも「ま」の言葉の成り立ちを、松岡正剛氏の著作から知って驚いたのですが、その中から先生にも辿りついたのです。そして同時にその中から、「語感言語学」という増田嗣郎氏の研究に出会い、そこにも大きな衝撃を受けたものなのです。それで先生にも是非、参考にして頂きたいと思いまして、ご紹介させて頂きます。◆語感言語学 言語学試論◆増田嗣郎さんは東京在住の民間研究者なんですが、日本語を語感の分野から研究しておられ、大変ユニークな研究だと思われます。先生もそうですが、増田先生も決して「有名大学の教授」というポジションにいる訳ではないのですが、でも実質的研究という意味では、凡百のどうでもいい大学教授などより遥かに優れた研究をされていると思えます。
 私はそういう意味で、先生とか増田先生のような優れた「民間研究者」が、将来大きく陽の目を見る日が来ることを願っているものなんです。いや、どうぞよろしくお願い致します。今回はわざわざ、ほんまに有り難うございました。
 ちなみに、私は、昭和26年生まれでして、S高校で30年ほど社会科の講師として勤めていました。またそれ以前には奈良県で公立高校教諭として8年ほど勤めておりました。今は自宅で中学生を相手に小規模の学習塾をしております。3年前はK研究会という民間シンクタンク世話人をしておりましたが、今年の2月をもって引退させてもらっています。
 有り難うございました、これからもどうぞご研究に励まれて下さい、応援させてもらっています。

追伸:この雑誌を出している白陽社とガモフ全集『1.2.3.…無限大』を出している白揚社は別の本屋であった.昔,ガモフの『1.2.3.…無限大』に夢中であった.それで同じ本屋かと思ったが,これは違った.