台風の日に

 昨夜は定例の梅田解放区の日.台風が通っているが,雨ならガード下でやれるのでいつも通りと出ていた.それで,梅田に向かう.

 阪急の神戸線の駅まで行くと神戸線は特急などが止まっていて各停だけしか動いていないとわかる.それに乗る.
 車内放送で台風のため各停だけであることを説明した後「ご迷惑をおかけしますことを深くお詫びします」という.安全のため特急などを運休している,つまりはするべきことをしているだけなのに,なぜ詫びるのだ,ほんとうに詫びるのなら運賃まけろ,と思うが阪急にその気はない.この口だけのお詫びの言葉は,何かあるといつも車内放送でいうのだが,偽善もいいところである.日本中この口だけの偽善言葉がまかり通っている.
 何度かドイツに行ったが,ドイツのスーパーで感心するのは,レジ係の無愛想なことである.黙々と商品の値段を機械に取りこみ,表示された金を払うと,それだけ.愛想笑いのもなければ会釈もしない.店内放送もない.偽善の日本から行くと,実に気持ちがいい.
 日本のスーパーは,例えば近所の阪急系列の店内放送は,店内放送の最後にで必ず「買い物をお楽しみください」という.買うものがあるから店にいっているのであって,別に楽しむためではない.なぜこんなことを言うのか.買い物を楽しむというこの言葉の軽薄と空しさに阪急は気づかない.
 この偽善の言葉の蔓延は,今の日本を象徴してる.なぜそんなことが言えるのかと,その根拠を問うことをせず,偽善の言葉で飾られたことをそのまま受け入れる.戦争責任は問いつめないし,「原発は安全だ」と言われればそのまま受け入れる.

 それに対して,ここ梅田に集まり言いたいことを語りかける彼らの言葉は,内からのものだ.先の台風における政府の対応,徴用工問題の意味,ここに現れたアベ政治を暴き語る.また,汚染水を大阪湾に流すという松井大阪市長への批判.その署名活動も同時になされていた.汚染水を政府や松井市長は「処理水」という.これもまた偽善の言葉である.
 台風であったがそれでも10人以上集まっていた.この取り組みは梅田に定着してきたし,これからも続けたい.

 自分のための記録.
 その前日,11日はかつて友だちだった故Nさんの三回忌が過ぎたということで,Uさん,Tさん,Yさんと4人でNさんの夫人が一人で住んでいる守口の家まで行ってきた.Yさんとは45年ぶり,他の人は何度かあってきたが最近では2年前Nさんが亡くなって少しのころに,ここで会っている.
 45年くらい前「月刊たいまつ」という雑誌が出ていた.むのたけじさんの新聞「たいまつ」の流れをくむ人が出していた.その雑誌の読者会を大阪でやっていた.彼女も入れて皆そこで知りあった仲である.Tさんはさらにその前,ベ平連京都のときからの知りあいだ.UさんTさんは,私が京都の下宿を引き払い兵庫県に移ったとき,そのレンタルしたトラックにのって,Uさんが運転してくれたようなあいだである.
 みなYさんとは45年ぶりだったので,まず彼にあの時代からこれまでの歩みを聞かせてもらい,それから各自のこれまでを語った.私は拙著をもって行って皆に渡し,Nさんの仏壇にも供えさせてもらった.Nさんはいちばん読んでもらいたかった一人だ.また,誰かに遺言かと言われたが,まったくそうである.
 Tさんの実家は広島の神社であり,私も一度いったことがる.彼が後を継いでいる.この日は広島から来てくれたのだ.彼は自分は古神道だという.私ともっと対話できるかも知れない.またいちどいってみたい.
 先日の中学の同窓会のときは,自分が昔の友だちと違うところを歩いてきたことをつくづく思ったが,逆にこの集まりは同じ仲間であることを実感する.Tさんが昔の「たいまつ読者会通信」などを持ってきてくれたが,ガリ版刷りのそれらも懐かしい.ガリ版は字体も残るので,これは誰が作ったとかも話題にできる.私が書いたのもいくつかあった.今のようなパソコン印刷よりもある意味では優れている.
 昼に寿司などを買い,それら皆で食べ,彼女が用意してくれた酒を飲みながら,いろいろ話していると,もう5時半かということになった.再会を約して家を出て,それから男4人で駅前でラーメンを食べて引き上げてきた.自分自身をふりかえる貴重な時であった.