秋深き,友に会う

 秋が深まってきた.

 19日の金曜日は,地域・アソシエーション研究所の総会であった.自分も会員なので,総会とその後の交流会に参加してきた.北大阪商工協同組合,そして人民新聞.大阪の北摂地域を拠点とする,これら三つの組織とその事業は、上田等さんの大きな遺産である.
 この日の総会には,藤井牧人さんも参加されていた.彼は,ネーパールで生活しながら,その暮らしを研究所の会報にいつも報告してくれていた.
 藤井さんのネーパール人の連れ合いがこの五月にコロナで亡くなられた.そのことを「もういちどティルさんに会いたい」に書いておられる.最初にこれを読んだときには,まったく言葉もなかった.
 交流会では,藤井さんにお悔やみの気持ちを伝え,名刺を渡し,少しお話しすることができた.

 21日の日曜日の夕方は,昨年九月に亡くなった昔の知りあいであるHさんの茨木のご自宅に,Tmさんとうかがった.遺影に手をあわせ,夫人としばし話してきた.去年一緒に行ったUさんは,今年は一周忌となる九月にうかがわれたので,今年はTmさんと二人で行った.
 昨年のことは「秋深きーアベスガ政治を終わらせよう」のなかで書いているので,重なるところは書き控える.

 Hさん宅に小一時間いて,それからTmさんと梅田に出て,行きつけの沖縄料理の店に入り,たくさん泡盛をいただいた.
 Tmさんの実家は広島市北部にある神社である.まだ大学院生だった頃,一度うかがっている.いま,彼はそこの宮司である.『神道新論』も読んでくれている.食事をしながらいろいろ意見を交換してきた.
 Tmさんは,広島で大学を出てから京都に来て,そしてながく大阪で働き,北大阪合同労組や全港湾港合同労組傘下の診療所の組合で労働運動に取り組んできた.
 Tmさんのような,もう49年前からの友人がいることは,ほんとうにありがたいことだ.そう言ったら彼もうなずいていた.彼が広島から京都に出てきて,私がベ平連の仲間と京阪電車三条駅前広場でビラまきをしているところに現れたときのことは今も覚えてる.
 Hさんの三回忌となる二年後にまた会おう,それまでに大阪に出てきたら連絡する,また広島にも来てくれ.と言うことで別れた.

 ここに書き残すのは,後で自分で読みかえして,あのときこうしたんだと思い起こす助けになる.また,書くことで心のなかが少し軽くなる.それで,こうして書いておく.

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 新池の銀杏(いちょう)も葉を落としはじめている.右手の校舎は市立西宮高校.中央は甲山.24日午後3時,犬の散歩で歩いて撮影した.