戦争するな,話しあえ!

 昨夕は定例の梅田解放区であった.いつものように横断幕を持つのを手伝う.こちらも喋れということで,時間をかけて東梅田を通り過ぎる人々に語りかけた.
 ロシアとウクライナ,その間には長い複雑な歴史がある.それでも,一つ一つの問題を話しあって解決せよ.戦争するな.戦争は問題を解決しない.より複雑にするだけだ.国際的な軍需産業が戦争を裏で煽っている.それに気づけ.そして戦争をやめよ.

 それにしても,この梅田解放区に参加して4年以上経つが,今になってロシアとウクライナの戦争が起こるなどということは,4年前にはまったく考えられないことだった.あらためて中東をはじめ各地で今も現実に戦争が続いていることを確認する.

 だが,戦争は何も解決することはできない.ロシアとウクライナの長い歴史とさまざまの矛楯と対立は,戦争ではなく話しあうことでしか,解決に向けて前に進むことは出来ない.
 ロシアによるウクライナ侵略は,かつて日本が中国を侵略し,そこに傀儡国家を作ったことと同じである.ウクライナ侵略に反対するならば,われわれはまずこの日本の歴史をおさえ,それに対してどのように自己の生を対置するのかを考えなければならない.
 ロシアへの経済制裁は,日本・アメリカ・欧州にはね返る.とくに資源を輸入に頼る日本は,これから大きく没落してゆく.それは避けられない.

 また今年は,沖縄が日本に復帰して50年である.辺野古現地で闘いを続けている人が,この50年がどのような年月であったのか,そして今沖縄はわれわれに何を問いかけているのかを語る.沖縄の問いかけを切実に受けとめることが出来るのか,それが問われている.
 近代日本は,独立国であった琉球を併合し,沖縄戦では捨て石にし,そして戦後はアメリカに差し出した.これが,アメリカに隷属してきた戦後の日本政治である.ここまでの隷属は植民地に等しい.そしてそれが見えないように仕向けられている.

 さて,最近『ウトロ ここで生き、ここで死ぬ』を読む.ウトロは京都府宇治市の一部である.宇治は私の故郷だ.23歳まで宇治で暮らした.旧宇治町宇治市になったのは1956年,4歳の時なのだが,バスの中で宇治が市になるのだということを大人が言っていたのをなぜか覚えている.その宇治のウトロでの放火事件が報じられた.
 情報技術ばかりがすすんで,しかし,差別の根源は何も変わっていないという状況で,このような事件はこれからも出現する.

 半世紀前,教員になって最初に担任したクラスに,日本の植民地支配は終わったとはいえ,朝鮮では食べて行けず日本に渡ってきた人のその孫という生徒がいた.日本通名でゆく生徒が多いなかで,彼女ははじめから本名で通していた.家庭訪問し,日本で生まれている母親からいろいろ聞かせてもらった.その内容はもう覚えていない.が,いま彼女はどうしているのだろうかと思う.

 このような日本と世界に生きて,もう少し考えを深める.そして,近代日本の没落の内実と,その意味を書き置きたい.せめてもそれが自分に出来ることだ.