二つの集会

nankai2018-02-18

この木金土は二つの集会に参加した.一つは,13〜16日に京大数理解析研究所で開かれた,「教育数学第3回シンポジュウム」である.4年前のことは「言葉と数学は人間の条件」にある.私はそのうち15,16日に参加した.16日の午前にはこちらも「高等数学の教育において何を伝えるのか」ということで,いまの大学初年の数学教育の問題や,高校数学の教科書の問題を実際の経験から話した.また,不登校の問題から,今の日本の教育の基本的な問題にも話しを広げた.持ち時間が70分だったので,報告の題名にふさわしいところまでは語れなかったが,それは講究録の中で書きたい.これを夏までにつくらねばならない.まったく,これはこの方面での遺言のようなものだ.
青空学園で私を知った,四国高松の高校の先生がわざわざ私の話を聞きに京都まで来てくれていた.驚いたが嬉しくもあった.一緒に昼食を食べながらいろいろ話した.彼は戻ってすぐにDVDRを注文してきてくれた.その後,16日午後の討論をふまえて考えたが,こちらは青空学園においている『高校数学の方法』に,「日本語で書く論述」についてまとめ,その練習問題もつくらねばならないことがわかった.高校生,大学生の論述力の低下は,いろいろ語られていた.日本語は言葉である以上,論理をもち正確で巌密な論証を書くことが出来る.しかし日本の教育の中で,それが目的意識的に教えられることはほとんどない.ここを埋めるものをつくっておかねばと思った.
そして17日夜は,「人民新聞編集長・山田洋一さんを支援する会」の結成集会であった.16日の午前に神戸地裁で初公判が開かれた.こちらは京都にいて参加できなかったが,その日の午後,彼は釈放された.尼崎小田の集会会場の入口にいると,ちょうど彼がはいってきて,「よう」と抱擁.元気だった.というか,集会での彼らの話を聞くと,人民新聞は休むことなく発行され続け,その輪は広がり読者も増え,この弾圧は逆に彼やわれわれを鍛え,独立系の新聞として大きく飛躍する契機となった.まったくそうだと,つくづく思う.おそらく権力はそれを見てこれ以上拘留してもよけいに運動の輪が広がると判断したのだろう.イスラエルに住み,「イスラエルに暮らして」を人民新聞に掲載し続けている日本人のガリコ恵美子さん,門真市議の戸田さん,豊中市議の木村さんも参加し発言していた.山田さんがかつて活動していた尼崎の昔の仲間がその時代の映像を見せてくれたのも,関生労組の報告も,初めて聞く話でよかった.参加者は120人ということで大いに盛りあがった.
16日の集会と,17日の集会,参加者は今の世でいえばまったく違う人らである.私自身は,16日の集会の参加者の多くのようないわゆる学者ではない.この20年,私自身は青空学園をやっている者であるというところに立って,この世の中のいろいろなことをやってきた.その結果として,この2つの集会のその両方に係わり,内容的にはそれをつなぐところにいる.2つの集会の参加者に共通しているのは,それぞれの立場,位置からの,今の日本,あるいは近代日本に対する批判,これではダメだという観点である.
それをつなぎ,その明治維新から百五十年の近代日本を問うということで出版を準備している『神道新論』,その再校が13日に来ていて,この間それに朱を入れる時間がなく,ようやく今朝一通り終えることができた.昨夜の集会には,この本の出版をすすめてくれた杉村さんも来ていて,終わってから一緒に食事をすることができ,副題などいくつか残っていた課題についてヒントをいただいた.2日ほどかけてもういちど見直し送れば,三月末には出せそうである.18年ほどの青空学園の積みあげがあってのことだが,2016年の七月に雑誌に寄稿文を書いてから1年半ほどで一冊の本にするところまできた.
この本は,日本語の近代造語ではない基本的な言葉から近代日本を考えることが主題である.2つの集会のいずれの参加者にも問題提起になる.どれだけ伝わるか,こちらの力も問われるところである.そしてまた,一冊にまとめればまとめたで,次の課題が出てきて,考えるべきことは尽きない.山田さんが,三ヶ月独房にとらわれて,人とのつながりの意味を識ったという趣旨のことを語っていたが,近代の果てに,ようやくわれわれはそういうことを考えるところに来ているのかも知れないと思った.