安倍国葬は戦争への道

 昨夕は定例の梅田解放区であった.街宣活動の写真は,たたかうあるみさん のところにも,村上薫さんのところにもある.

  アベの国葬やめろ!
  安倍元首相の国葬は戦争への道!

  国民の大半は国葬に反対している!
  何の法的根拠もない.こんなことに金を使うな! 必要なところにまわせ!

 それぞれが,国葬を止めろと訴える.
 先週の神戸の集会でも出会った私の地元のKさんも来て,準備した訴えを話していってくれた.
 #安倍晋三国葬強行は終わりの始まり が流行っているが,何が終わってゆくのか.アベ政治が終わってゆくのである.それはまさに 根なし草近代日本の終わりの始まりである.「始まり」をさらに拡げ次の時代を生み出してゆく.国葬が強行されたときそれを受けとめ,強行した既成の体制との闘いをどのように深めるのか,一人一人が問われる.

 実際,10年近いアベ政治は,日本を戦争のできる国にしようとする10年であった.国葬を行うことで,このアベ政治を継続させようというのが,国葬を画策するもののねらいである.

 国葬を許すことは戦争への道に従うことである.ロシアによるウクライナ侵略をテコにとり,台湾海峡の危機をあおって,国葬を利用して反対意見を封じ,日本の軍事費が拡大されようとされている.
 その背後にあるのは,国際的な兵器産業である.ウクライナの危機そのものが,武器商人によって煽られてきたのもである.

 この日は,反戦タイガースさんも久しぶりに来てくれていた.終わったからいろいろ話しをする.彼も兵庫県で中学の教員であった.解放教育運動をそれぞれのところでやってきたものどうしである.
 またゆっくり話をしようということで,「誰もが数学を体系的に学べる場所―青空学園数学科の試み」をわたすことができた.
 この冊子は日本評論社から30数冊送ってきてくれたのだが,もう28冊手渡したり送ったりしている.このように冊子にしてくれたことを感謝する.

 27日の国葬の日には各地で抗議行動が行われる.地元の行動に参加するつもりだ.

 27日3時追伸:阪急夙川駅前で2時から2時半まで行われた西宮革新懇の街宣に参加してきた.15人ばかりが参加していた.終わる頃から雨になった.抗議行動が終わるまで雨も待ってくれたのだ.

新しい流れ

 一昨日17日の午後は神戸三宮まで出かけ,9・17安倍元首相の国葬に反対する市民デモに参加してきた.憲法改悪ストップ兵庫県共同センター こわすな憲法!いのちとくらし!市民デモHYOGO の共催であった.およそ400人が集まる.内田樹さんが

このデモは国葬をやる国への抵抗運動ではなく,新しい流れ,運動をはじめるデモとして行いたい.

と話しをする.新しい流れそのものとしての今日の行動! という内田さんの呼びかけに賛成する.内田さんは,「冬の神戸と梅田の街頭」に書いたように,2020年の12月にもこの神戸東公園での集会でお会いした.

 甲陽園から参加した知り合いの人と,地元でも,新しい流れを生み出してゆくために何かやろうと話しあった.そして,神戸の町をデモしてきた.

 昨日18日は,大阪教育大附属高校天王寺校舎の6年ぶりの同総会であった.3クラス143人の学年の同窓会に40人に近くが参加していた.配られた名簿を見ると物故者は17人である.連れ合いが亡くなったという人もいた.そういう年なのだ.
 私は小学校は地元の莵道小学校,中学は京都教育大附属桃山中学で,そこはその頃はまだ高校がなった.父がもともとは丸善の京都支店で長くやってきたのだが,そのときは大阪支店で働いていた.親が通勤しているのだから通えるだろうと大阪まで通うことにした.
 大阪ミナミの天王寺にある高校に通ったことは,大阪という街を知る上でよかった.その後一時期大阪で働いたこともあった.その頃時間があればミナミの街をあちこち行ってみた.天王寺から飛田の方まで歩いたこともある.
 ということで,12時に大阪駅前のホテルに集まり5時過ぎまで皆と一緒にすごしてきた.帰りは、同窓会等々に書いたYさんと大阪駅前まで歩いた.また時間をとって話をしようということで別れた.

  同窓会等々にも書いたように,ことしはいくつかの同窓会に参加した.こういう機会にいろいろとふり返る.昨日は,読んでほしいと思っていた人が来ていたので,『神道新論』と誰もが数学を体系的に学べる場所―青空学園数学科の試み」をわたすことができた.自分の書いたものをわたすというのはどういう行為なのだろうかと思いながらであった.

 今日の午前中は NPO法人 ストップ・ザ・アスベスト  の理事の集まりがあった.私はこのNPO法人の理事も引きうけているので参加してきた.JR西宮の駅やその周辺の再開発がはじまる.アスベスト対策について企業や市とどのように対してゆくのか,その近くの人を交えて,これからの対策などを話しあった.

 そして午後これを書いている.秋深まる.引きうけているさまざまのことにしっかりと取り組みながら,考えをもう一段深めたい.それが本当のところ自分の仕事である.この秋,方向が見えてくるところまでゆきたい.

国葬反対!

 昨夜は定例の梅田解放区であった.着いたときは横断幕も準備をはじめていたので、いつものように代わって一方の竿をもつ.雨模様だったのでガード下ではじめる.たたかうあるみさん村上さんのところにも写真がある.すぐに雨は上がり、もう降りそうにはなくなったのでいつもの東梅田側に移動する.

 そしてここで街宣をはじめる.すこしは秋を感じる.

 茨木市議の山下けいきさんも,国葬反対ののぼりをかかげてやってきて,喋っていってくれた.
 こちらも一言喋ってきた.

 安倍の国葬が世論を二分している.しかし割合では反対の方が多い.当然である.
 アベ政治の八年間,日本は大きく没落した.日本を没落させたこと自体がアベ政治である.
 アベ政治から岸田政権に続くこの国の政治を見直そう.アジアの中で個人所得がこの10年増えなかったのは,日本ぐらいである.
 その一方で軍備を拡大し,いまその規模は世界で第五位である.
 東梅田を通るみなさん,このままでいいのですか.

  それぞれがしゃべり,そして皆で「国葬反対!」と声を合わせてきた.終わって村上さんに『数学文化』に載せた拙文の別刷りを渡した.読んでみますとのこと,意見も聞いてみよう.

 そして今日の夕方は,阪急西宮北口駅の南,高松日なた緑地で,西宮や芦屋の市民団体が主催する 安倍首相の国葬中止を求めますという集会とデモがあった.これに参加してきた.
 よつや薫さんや田中あきよさんなど,知り合いの西宮の市会議員もきて話してくれていた.終わって皆で集まって写真を撮った.

 このような集会や行動がもっともっと大きくなって,国家と対峙するようになることを願っている.そこにしか途はない.

数学文化 第38号

 拙文が載った数学文化第38号が届いた.今号の特集は「ICT時代の数学教育を考える」である.「社会の隅々までICT機器が行き渡っている時代において、数学教育や数学文化を育む活動はどうあるべきか―根本から問い直す特集」とある.
 編集部からの依頼を受けて,五月に一文を寄稿した.「誰もが数学を体系的に学べる場所―青空学園数学科の試み」である.その別刷りも30部送っていただいた.
  数学科管理人宛( nankaik@aozoragakuen.sakura.ne.jp )に送り先を連絡いただければ,この別刷りを送ります.時間が経過して可能になれば,青空学園でも公開したい.

 「管理人より」の「こころざし」にも書いているが,青空学園をはじめた頃,誰にも公開されていて,そして考え「そうか」とわかる喜びを経験することができる,そのような場を作りたいと考えた.
 そのことは「私の考え,私の願い」にも書いている.わかる喜び,これが文化の基礎である.
 本稿の中で

 日本の学校での数学は,明治以来,いわゆる西洋数学を移植したものであり,文化としては根なし草であることも確認しなければならない.

と書いている.実際,日本の学校における数学は150年の歴史しかない.これを少しでも根づかせてゆく,その一助にということも青空学園をはじめた思いであった.
 「数学文化」の編集者は,青空学園のことを,早くからネット上でやってきたところとして「しにせ」といってくれた.もう20数年になるのだから外から見ればそう言うことかも知れない.
 しかし自分としては,まさにこころざし半ばである.今の日本の教育の現状を見れば,いっそう酷くなってきていると言わざるをえない.

 ところで,この先時間が経って私がいなくなり,サイトの使用料も払えなくなるときが来る.そのとき,この青空学園はどうなるのか,そんなことも最近考えている.
 これまで300枚近いCDRを配布してきた.その所にはその時点のものがあるのだが,しかしネット上の問題としては,検索すれば出てくるのにサイトがない,ということも起こりうる.
 何かいい方法はないだろうか.これは切実な問題である.これからあちこちで起こりうる問題でもある.

安倍国葬やめろ

 一昨日の27日は定例の梅田解放区であった.こうして梅田に立つようになって四年以上になる.
 思いかえせば,2012年の6月「京都から福井へ」に書いたように福井へ行った.それからからは毎週金曜日に大阪の関電前に立ってきた.
 関電前集会が終わった頃,梅田解放区が始まった.その頃から欠かさず参加してきた.
 今日の報道では,その福井原発の再稼働が始まった.

 時代はいよいよ大きく動きはじめている.この動きがどのような方向に向かうのか,それぞれの地での運動がどのような理念で連帯してゆくのか,それはまだ見えてこない.街頭に立って考えようと,この日も参加してきた.

 ロシアのウクライナ侵略と安倍元首相の暗殺,これによってこれまで闇に隠されてきた多くのことが露わになった.
 日本の戦後は,統一教会自民党が癒着しているといわれてきたが,癒着どころか実態は一体であった.これが戦後政治を仕切ってきたのだ.戦後,我々はこのような体制のもとでやってきたのだ.

 その安倍の国葬に反対する.これを道ゆく人々に呼びかける.「安倍国葬やめろ」の横断幕も準備されていた.また「安倍国葬反対」の幟もあった.用意された人に感謝する.

 街頭に立っていろいろ考える.
   いま世界は大きく変わる
   地球はかぎりりあるもの
   資本主義はつねに拡がる
   限界に来ることは不可避

 しかし行動しなければ何も変わらない.
   新自由主義資本主義から
   人と緑を守る社会主義
   街頭を人で埋めつくそう
   主体が生まれ変革となる

 もういちど御堂筋をデモで埋めつくしたい.それを見とどけたい.

 こんなことを考え,これまでやってきた.前にも書いたが,この半世紀,毎月何度か街頭に立ってきた.それを続けてきた.しかし,まったく微力であり,まだ日本も世界も人の住む世からは遠い.
 ウクライナでは665万人が国外難民となっている.ウクライナのいまは田中龍作さんが現地から伝えてくれる.
 なぜロシアの侵略を止めることが出来ないのか.このような戦争の背後には,国際的な兵器産業がある.それがバイデンを背後から操り,アメリカとNATOウクライナを背後から動かしている.そして,兵器産業は巨大な利益を生み出している.NATOアメリカはこれからもウクライナに兵器を送るといっている.
 これがいまの世界だ.これを動かし変えてゆかねばならない.歴史の今がそういう段階であったと,後に言われるようにできるのか.
 人は皆,固有性をもって生きる.互いの固有性を尊重し,横に繋がる.
 そんな人のあり方に根ざした世を生みだすために,動けるうちは,出来ることはして起きたい.そんな気持ちである.

地蔵盆

 このところツクツクホーシの鳴き声がよく聞こえる.夏のはじめはニイニイゼミである.そしてアブラゼミクマゼミが夏の盛りである.ツクツクホーシが鳴きはじめると,ああ夏も終わりだなと思う.

 24日は地元の上人山地蔵様の地蔵盆があった.昨年はコロナ禍で取りやめたので,2年ぶりであった.朝7時の設営からはじまり,夕方6時の片付けまで手伝ってきた.

 一昨年の地蔵盆のことは「夏の終わりに」に書いた.そこにこの地蔵様のことも詳しく書いている.
 地域でこのような催しが続くことは大切だ.地蔵盆が終わると夏が終わり秋の気配を感じるようになる.

 私は,火曜から金曜まで毎朝六時半頃にこの地蔵様の祠の扉を開けに行く.その世話を引きうけている.おかげで早く起きるようになった.
 もう少し若い世代で,地蔵様の世話をする人が出てくればいいのだが,世話人は80代の方が多い.

『日本解体論』を読む

 19日に朝日新書の『日本解体論』(白井聡,望月衣塑子)を手に入れ,一気に読んだ.
 2008年に「『日本は没落する』を読む」を書いて以来,これまでもここで,日本の没落について幾度も書いてきた.
 没落する日本にあって,この現実と向きあおうと,白井聡さんと望月衣塑子さんが対談を重ねた書である.本のカバーには
  崩壊が加速するこの国に希望はあるのか
とある.そして第五章「劣化する日本社会」の「五輪で世界にさらした後進性」の節で,白井さんは

日本社会には国際社会の標準的感覚がないのですよ。そこで欠けているのは,公正性や正義に関わる規範や倫理です。そこにおいて日本社会が世界標準とどれだけずれているのかということを晒してしまったわけです。

と述べている.この書が現代日本の現実について指摘する内容に異議はない.白井さんは「あとがき」のなかで,

劣化しているのはさまざまな現場における個人であると考えない限り,われわれは何をなすべきか,指針が得られることはない。社会現象を構造的に把握することを生業とする学者としてこうした物言いをするのは本来あまり好ましくはないのだが,それでもなお,今日の状況に照らせば,劣化に抗する拠点は個人の覚悟にしかない,と言わざるを得ない。

と述べている.これにも異議はない.
 ぜひ読んでほしい.
 ここに書かれていることは,私が23年前の夏に「青空学園日本語科」や「青空学園だより」をはじめた問題意識と通底する.その内容が,こういう書籍の形で出てきたことは一歩の前進である.著者二人は問題提起をしたのだ.
 では,その覚悟をもった個人は何をしなければならないのか.この問いに対する著者の見解は開かれたままである.
 私が「青空学園数学科」を開設し,つづいて「青空学園日本語科」をはじめたのは,自分に出来ることはしなければという思いからであった.
 青空学園の視点から言えば,「分水嶺にある近代日本」で書いているのだが,非西洋にあってはじめて資本主義化した日本の近代を問う,という観点が,この書では提示されてはいない.
 日本の近代は,西欧帝国主義の外圧に対応しようと長州らの下級武士を担い手とする明治維新にはじまる.それは内からの人民の闘争で生まれたものではなく,その意味で根なし草であった.根なし草近代のなれの果てがアベ政治であり,その果ての暗殺であった.これが「崩壊が加速するこの国」の現実である.
 根なし草近代日本を内から批判する立場に立たなければ,これからの途は見えてこないのではないか.
 いろいろと考えさせられる一冊であった.

 そして世界はいま,大きな地殻変動とも言うべき段階に入りつつある.資本の側は「グレイト・リセット」といっている.これをテコにもういちど資本の側で世界を再編成しようとしている.しかしながら,拡大しなければ存続しえない資本は,いずれ終焉する.まして再編を主導することは出来ない.
  私が言ってきたように,根のある変革による緑の社会主義,これがわれわれの基本とするべき理念である.これを,まさに遺言としてもう少しは展開しなければならない.