人民新聞国賠訴訟

 18日追伸:17日18日とかけて『沖縄戦の子どもたち』を読む.この本はここで教えられた.表紙に

 太平洋戦争末期の沖縄。
 少年兵・学徒隊への動員、学童疎開
 「集団自決」、戦争孤児など
 激しい戦禍に遭った
 少年少女たちがいた。
 彼らの体験や視点を通して、
 二度と戦争を起こさないために
 何ができるのかを考える。

とある.今を生きるものに,大きく深い問いを投げかけるものであった.

 昨日15日の昼は時間がとれたので,人民新聞へのガサ入れに対する国賠訴訟の判決を傍聴にいってきた.確か4月にあった告訴した最初の裁判も傍聴した.
 大阪地裁前の歩道で集会をもつ.梅田解放区で出会う人も来てくれていた.関生の委員長も来てくれていた.それから202号法廷に入る.

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 判決そのものは,「却下する」の一言で終わるものであった.理由すら裁判長は述べない.これでは司法の意味がない.行政の行ったことを追認するだけである.
 三権分立が崩壊している今の日本を露わにするものであった.今の日本は,ほんとうにもう崩れている.それを再確認した.

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 その後もういちど地裁前で集会を持った.こちらも,1987年の3月,私が市芦で分会長をしていた当時,市教委による不当配転に対して市役所での座り込みをしていたとき,人民新聞が取材に来てくれた.それ以来の,人民新聞との長いつきあいを含めて,少し話した.
 集会に参加していて,この日参加した人たちのような繋がりの中にしか未来はない,とも思った.若い人らのがんばりに,できるだけ応えたいとも思った
 いま世界は、これまでにないいくつもの課題に直面している.資本主義が極限まで拡大したその結果である.野放図な資本主義を,人の繋がりの力で制御する.その力と仕組ができなければ,人類に未来はない.
 ここはよく考え行動してゆきたい.また,なかなか展開できていない緑の社会主義についての考察も,もっと深めてゆかねばならない.これは自分の仕事である.
 いろいろ考える昼過ぎの行動であった.

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 写真は初秋の甲山.18日午後3時半撮影.



夏の終わりに

 昨夕は定例の梅田解放区であった.いつものように20人ほどがあつまり,今の政治を変えてゆこうと,街頭から呼びかける.これに参加し,横断幕をもつのを手伝ってきた.写真を撮るときだけ代わってもらった.
 市民が街頭に立つことは,ほんとうに大切なことなのだ.スガが退かざるをえなくなったのは,街頭からの怒りの力である.また,立憲,れいわ,社民,共産の4党が「命をまもる政権作る」と共通政策に合意したのも,市民運動の力である.
 ようやくに日本でも市民運動の力が政治を動かすようになってきた.この歴史のなかに立っていろいろと考えてゆきたい.横断幕をもって皆が語るのを聞きながらそう思った. 

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 夏が終わった.『人民新聞』1758号8.25 で在野の哲学者・文筆業の栗田隆子さんが「現実を『忘れない』ことが最初の抵抗の武器」と題して,次の一文で論考をはじめている.

2021年,夏.この夏は日本社会が越えてはならない線を越えてしまった年と季節だったことを私は忘れないし,忘れたくない.

 同感である.実際『人民新聞』に栗田さんが書いていることごとが,この夏起こった.
 また,雑誌『月刊日本』9月号で内田樹さんが,「東京五輪は「国運衰微」の象徴だ」と題した一文で,

東京五輪は「日本貧退」の歴史的指標になると思います。後世の歴史家たちが「2021年の東京五輪を機に、日本の衰運は一気に加速することになった」と書くことになるでしょう。

と書いておられる.これもまた,かねてよりここで日本の没落を指摘してきたことと符合する.そしてその根源にあることが,日本の近代が根なし草であったということである.そこまでおさえなければならない.

 新自由主義はゆきづまり,経済や社会の歴史的な転換は避けられない.日本でいえば,明治維新以来の近代化,つまりは資本主義化が限界にきている.限界のあり方は,それぞれ固有性を持つ.根のない近代であるがゆえに,この日本でもっとも酷いかたちで現れる.
 しかし,そうであるならば,転換もまた固有性に根ざしたものでなければならない.そう考えて準備してきたのが,青空学園日本語科のこの20年であった.

 根なし草の転換はファシズムにゆく.根のある転換は緑の社会主義にむかう.いずれかしかあり得ない.いま歴史はそういう分岐点に来ている.
 根のある社会主義としての緑の社会主義,これを深めなければならない.

 この夏,次のものを読んだ.

コロナ危機と未来の選択 パンデミック・格差・気候危機への市民社会の提言

アジア太平洋資料センター(編集)藤原辰史(著/文)斎藤幸平(著/文)内田聖子(著/文)大江正章ほか(著/文) 発行:コモンズ

気候変動に関する政府間パネル 6次報告書

気温上昇 緊急に防げ 世界主要医学誌など200超共同社説

 いずれも一般論であるが,いまこの地球と人類の関係が一つの極限に来ていることを読みとることができる.ここからの途はあるのか.

没落の現実に向きあおう

 昨夜は,梅田解放区に参加してきた.前回の八月一四日はいけなかったので,一ヶ月ぶりの参加であった.たたかうあるみさんピカピカの「わきまえない」執行委員さんのところでも,昨日のことを書いてくれている.
 若い人から私のような年寄りまで20人ほどが集まり,道ゆく人に語りかける.この日は福島県から避難している参加者もあり,その人も発言してくれて,街頭からの訴えは盛りあがった.
  福島原発事故は今も続いている.
  汚染水を海に流すな.
  辺野古に基地を作るな.
  非正規労働者の賃金上げろ.
  最低賃金を時給1500円以上にしろ.
  入管行政を根っこから変えろ.
  大阪の医療崩壊は維新のせいだ.

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 コロナ渦の下の愚行五輪と言うべき五輪は終わり,今はパラリンピックである.たたかうあるみさんが「たたかうあるみさんのブログ 」で、当日の車椅子の参加者の発言をふまえて,「なぜ障がい者スポーツが”別枠”なのか?」を書かれているが,同感である.
 私はかつて,地域の中学の支援学級の生徒を同じ地域の高校で受け入れ,その教育に取り組んだ.それはここに書き残しているが,五輪の理念といわれることをほんとうに実践しようとするなら,同じ五輪の中でやりながら,柔道で体重で分けるように,分けて行うべきなのだ.

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 日本の多くの府県はコロナ蔓延に対する緊急事態宣言のもとにあり,さらに,東北地域を中心に福島原発の核炉崩壊による原子力緊急事態宣言の下にもある.これはこれまでもここで何度も言ってきたことだが,原子力緊急事態宣言は20ミリシーベルトでも人が立ち入れるようにするために継続されて,それが日常化している.
 コロナ蔓延に対する政策一つをとっても日本の没落が現実のものとなってきた.実際,コロナ病床は不足し,自宅療養を強制され,亡くなる人が増えている.まったく酷いことになっている.

  ここにもこれまでも言ってきた日本の没落の現実がある.だがこの事実は覆い隠され見えないようにされる.政府も放送も新聞も,日本の没落に向きあわない.
 しかし私は,日本の没落の現実に向きあうところからしか次の時代はひらかれないと考える.そうではないだろうか.
 近代日本の侵略を受け,それと闘い,現在に至る韓国や共和国朝鮮,そして中国,これらのところはコロナ渦に対しても日本よりはるかにはやく的確に対応し,乗り越えているではないか.
 アフガニスタンの状況も心にかかる.自国民のアフガンからの退去にしても,日本政府はまったく無能という現実である.

 非西洋にあって最初に近代化,つまりは資本主義の世になって百五十年,一時は経済大国とか先進国と言われたが,資本主義の終焉という今日の大きな枠組のなかで,日本は今まさにかぎりない衰退と没落の過程にある.没落のおおもとにあるのは根なし草近代という近代日本の有りようである.近代の日本の世には,封建時代と画する根底的な近代の規範がないままであった.
 このような日本の没落は,非西洋における資本主義近代の失敗の歴史であり,後世人類史の曲がり角を示すものとして,伝えられ,記録に残されるだろう.

 世界大でみれば,「ドルの崩壊」もまた不可避である.ドイツやフランスはそれを見越して,欧州の自立を準備している.しかし日本はこのままでは「ドルの崩壊」においていちばん大きな犠牲を強いられるだろう.これがこの数年のうちにある歴史である.

 これらを,日本の没落,アメリカの没落としてとらえるだけでは,その意味が明確ではない.日本の没落,アメリカの没落は資本主義そのものの終焉の具体的事実である.拡大しなければ存在しえない資本主義は,この地球の有限性のゆえに,没落する.
 本当にこれからの人類はどのようにやってゆくのか.どのように資本主義を終焉させるのか.誰も取り残さない世に変えてゆくことは可能なのか.今それが問われている.
 帰りに本屋によって『資本主義と危機』を買ってきた.手元にある『エコロジー社会主義』とあわせてこれらを読み通し,緑の社会主義を深めたい.

 二冊を読んで,改めていまこの地球がいかに危機にあるかを再確認した.地球における人の営みが,この地球を破壊しかねない,いまはそのような段階にある.

 このような形で資本主義の克服が課題となることは,現代の問題である.資本主義から地球を守ることと資本主義から人を守ることは,一体である.
 すべての人が互いを人として尊敬する,そのような世を作ってゆくことは,できることであり,またそれがやらねばならないことである.それ自体が資本主義的放縦を越えてゆくことである.そしてそれがまた,日本でいえば,根なし草近代を越えてゆく途である.
 そしてそれが,この日本において資本主義を乗り越える途である.それはそれぞれの国や地域でそれぞれの歴史にそくした途がある.問題は普遍的であり,かつ固有である.

 今年の夏は,もう終わりである.この夏は,昨年同様,地元自治会の防災訓練もできず,納涼会もできず,そして地蔵盆もできなかった.コロナ渦は逆にこのような夏の行事の大切さを教えてくれた.

五輪をやめて,命をまもれ!

 昨夕は定例の梅田解放区であった.奇数月の第四土曜は,中津から梅田までデモをする.5時半に赤いタコのすべり台がある豊崎西公園に集まり,しばし集会をもつ.数人が発言する.たたかうあるみさんの発言.それから梅田に向けてデモをした.

 五輪をやめて,命をまもれ!
 感染拡大,五輪は中止!
 利権にまみれた,五輪はやめろ!
 差別にまみれた,五輪はやめろ!

 みなで声をあわせてゆっくりとあるく.私は先頭で横断幕をもつのを手伝って歩いてので,こちらで撮ったデモの写真はない.

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 今このクニは,原子力緊急事態宣言と,新型コロナウイルス禍での東京都緊急事態措置という,二つの緊急事態の下に,オリンピックを開催している.
 原子力緊急事態宣言が10年も継続する核汚染されたこの土地で,百年に一度の世界的な伝染病・コロナが流行している.世界中で死者が相次ぎ,さらに日本においても爆発的感染拡大の可能性もあるなか,経済的な利益や五輪利権を優先する日本政府は,たかだか四年に一度開催するに過ぎないスポーツの祭典を中止することさえもできないのだ.
 今回の五輪でさまざまに露呈したように,近代の日本というこのクニがいかに酷いものであるか.具体的なことはいちいちここには書かないが,さまざまの五輪関係者たちの愚行がそれを暴露している.そして,それが世界中に伝わってゆく.
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 コロナ渦の下の五輪開催は,戦後日本と,さらにそれを掘り下げれば明治維新以来の近代日本の,より本質的な総括を迫っている.
 この,愚行五輪と言うべき五輪は,後世,人類史の曲がり角を示すものとして,世界に伝えられ,記録に残されるだろう.
 アベが五輪を誘致したときに「1%による1%のための大会」を書いたが,そこにあるように,これは日本だけの問題ではなく,オリンピックを百年近くやってきた近代世界それ自体の問題である.

 日本での今回の五輪は大きく失敗する.この失敗を機に,西洋内部でも自らを問うこととして,近代五輪を問い直す議論が拡がるだろう.そして,次の中国での五輪が,最後になるかも知れない.国家の覇権を誇示し強めるための五輪はもう役割を終えている.
 覇権をめざす国家から、脱覇権の人民のクニへ、それが歴史の求めることである.五輪は終わらねばならない.
 私はその次の段階を緑の社会主義と言ってきた.緑の社会主義,その頂はかすかに見えているが,そこにいたる道は深く険しく曲がりくねっている.

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 ニテコ池に鵜がとまっていた.

五輪は中止! 命を守れ!

 昨日は定例の梅田解放区であった.いつものように夕方5時過ぎに20人ほどが東梅田に集まり,7時過ぎまで声をあげ,思いを込めて唄う.現在の日本政治,そしてこの日本の世が,ますます酷くなるのに応じて,この梅田解放区の街宣も切実さをましてきた.数年来参加してきて,みなの語りを聞いていて,それを思う.

 そして,みなで声をあげる
 五輪は中止! 命を守れ!

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 まったくその通りである.通りすがりの人が立ち止まり,そうだそうだと相づちを打ちながら聞いている.一言喋りませんかとマイクを渡したら,その人も,いま五輪をやっているときかと,前を通る人らにひとしきり訴えて,いった.

 五輪は,近代資本主義の非西洋への拡大と軌を一に,ギリシャに源をもつという西欧の価値を改めてとりだし,それを非西洋にもひろげようとして,行われてきたものだ.そして,1964年の東京での開催が非西洋での最初の五輪となった.
 それからおよそ半世紀.資本主義が地球を覆いつくし,そこに現れたコロナ渦,そのもとでの東京五輪,である.資本主義の終焉が歴史の問題となり,その次をどうきり拓くかが歴史の課題となってきた中での,まさに資本主義の権化たるバッハのもとでの五輪である.

 これで五輪をやったらどういうことになるのか.五輪の後にどのような事態が拡がるのか.われわれの世代には,それを見とどけ,総括する責任がある.

 資本主義の終焉コロナ渦東京五輪,この三つが同時に重なるいま,歴史は,近代世界そのものを根底から問うことを求めているのではないだろうか.そしてそれは,この近代日本がいま大きな岐路に立っていることも意味している.
 日本の近代を問いかえす.非西洋にあって最初に近代化したこの日本を,現在の地点から問いかえす.それは,人類の歴史にとって普遍的な問題である.
 私自身この問題を向きあい,考察を積み重ねてきたつもりであるが,課題の大きさに比してなしえたことはあまりにも少しである.

 この日本は,原子力緊急事態宣言下の国でオリンピックを開催する

  原子力緊急事態宣言 が10年も継続中の核汚染 された土地で,百年に一度の世界的な 伝染病 が流行し死者が相次ぎ,さらに,爆発的感染拡大の可能性 も指摘されている中,経済的な利益を優先し,たかだか四年に一度開催するに過ぎないスポーツの祭典を中止しないという,愚行.

 この日本は,原子力緊急事態宣言下の国でオリンピックを開催する

 原子力緊急事態宣言 が10年も継続中の核汚染 された土地で,百年に一度の世界的な 伝染病 が流行し死者が相次ぎ,さらに,爆発的感染拡大の可能性 も指摘されている中,経済的な利益を優先し,たかだか四年に一度開催するに過ぎないスポーツの祭典を中止しないという,愚行.

 われわれはこの日本列島,そして西表島などの南西諸島,また北はヒタカミ以北の地に,命をつないできた.大きな歴史の島々である.そのうえに,次の時代を拓くことがいま歴史の課題である..

 そのとき,われわれの理念が 緑の社会主義 である.赤い社会主義は経済が拡大する中での方向性の問題であったが,いま,もはや地球の有限性に規定されて経済の拡大が終焉する段階における,次の時代の理念,それが緑の社会主義である.

 地球は有限、資本主義は終焉する
 近代日本は根なし草の規範なき世
 赤い社会主義から緑の社会主義
 新しい人のつながりが生みだす世 

 コロナ渦は、戦後日本と、明治維新以来の近代日本の、本質的な総括を迫っている.

  緑の社会主義,頂は見えているが,そこにいたる道は深く険しく曲がりくねっている.いや,頂きもまた思いもよらないかたちであるかも知れない.

五輪はいますぐ中止しろ!

 昨日の夕方は,定例の梅田解放区に参加してきた.この日の様子はたたかうあるみさんのところにもある.20人弱の人らが集まる.雨もほとんど降らず,いつものところで1時間半,道ゆく人に訴えた.

 東京五輪強行反対,いますぐ中止しろ!
 老朽原発再稼働するな!
 コロナ対策やらないでTVに出まくるおおさか維新・吉村府知事やめろ!

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 いまオリンピックで騒がしい.「三月の終わりに」に書いたのと重なるが,オリンピックとは,もともと,資本主義の拡大にあわせて,近代西洋資本主義の価値観を世界に拡げるためにはじまったものであった.
 非西洋では1964年の日本開催が最初であった.それを再び日本でやろうと,アベが誘致した.彼らのねらいは,「原発事故は終わった」「放射能被害は存在しない」とごまかして現実を覆い隠すことである.福島原発の事故炉の廃炉作業はデブリの取り出しもままならず,あと何十年,何百年かかるかわからない.汚染土や汚染水は溜まり続ける一方である.公共事業で使ったり海への放出したり、汚染物の拡散が目論まれている.
 そしてコロナ渦の今である.IOCや日本政府のこの間の動きを見ると,オリンピックが支配層にとってもつ意味がいっそう明確に浮かびあがる.そして日本政府は,開催さえしてしまえば,メディアを使って,コロナ渦に対する国の無策、責任放棄を忘れさせられると,見くびっている.
 だが,そうはいかない.オリンピックが無事に終わること自体があり得ない.
 日本政府はどうしてここまで無為であり無策であるのか.いまわれわれが生活しているこの国が,いかにに人の道に外れた異様なクニであるか,立ち止まって見なければならない.

 この日は,田中龍作さんの「香港の言論の自由が終わった日」を読んでから出かけた.
 私は,「十六年目の中国 (1991)」にも書いているが,1975年と1991年の2回,中国を訪問している.最初は日中友好協会教職員訪中団だった.二度目は北大阪商工組合の訪中団に加えてもらったのだった.
 毛沢東が生きていた時代と,鄧小平が改革開放という名のもとに資本主義に舵をきったときであった.同じ東アジアで,このような世の試みがあることに,いろいろと思うことごとが多々あった.
 そして今後10年~20年のうちに,先端技術や市場経済において,中国がもっとも力あるところになることは,まちがいない.しかしそれは,あくまで資本主義的価値においてである.資本主義価値において中国が発展し,そして日本がかぎりなく没落してゆく.
 そして中国が資本主義経済において発展すればするほど,政治分野や思想分野で狭量となり,多様性を受けとめることはできなくなる.その度量が失われてゆく.

 こうして,ソ連や中国や東欧の赤い社会主義は終わってゆく.これらは結局,経済が拡大する段階での社会主義であった.
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 私は,この地球上での経済拡大がもうこれ以上不可能になった段階での社会主義を,緑の社会主義と名づけた.その土台とそのうえにある政治や経済の世のあり方を,展開することはまだできていない.
 緑の社会主義は,多様性の受け皿となる社会主義でもあらねばならない.少しでも深めて,次の世代に引きつぎたいものだ.

没落するクニで声をあげる

 昨夜は定例の梅田解放区であった.東梅田の駅前通りの両側に20人ほどが集まり,声をあげる.この日の様子はたたかうあるみさんのところに詳しい.私が行くともう準備が進んでいた.いつものように横断幕をもつのを代わって手伝う.
 道ゆく人々を見ながら,皆が語るのを聴く.ある人は,来週国会審議で山場となる「重要土地調査規制法案」について前をゆく若者に語りかける.ある人は,コロナ渦での五輪がいかに命をおろそかにすることなのか語る.
 こうして街頭から声をあげることが大切だ.私もできる手伝いはしようと,参加してきた.ここに来るようになってもう三年半ほど経つが,この間このクニは没落の一途であった.

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 先日,鹿砦社から『NO NUKES voice vol.28』(『紙の爆弾』2021年7月号増刊)が贈られてきた.松岡さん,いつもありがとうございます.「総力特集〈当たり前の理論〉で実現させる〈原発なき社会〉」が本号の特集であるが,いずれの論考もその内容は深く重い.

 さて,日本というクニの没落が続く.「没落するこのクニに生きる」にも書いたように,いままさにこの日本というクニは没落の途上である.スガがどうのこうのという前に,このクニにおいては,世の規範というものが崩れてしまっている.
 いまこの崩れを止め,立ち止まる一つの道は,クニとして五輪中止を宣言することだ.しかし,この五輪に利権を持つものがこの国の権力を握り,そして私的利益を優先して強行する.

 五輪を強行したなら,その後に何が現れるのか.一気に早まるこのクニの没落の現実である.われわれはそれを見なければならないだろう.

  この利権集団が,百五十年,このクニを踏みにじってきた.多くの日本人はそれに流されている.世の規範の崩れの根源をたどれば,明治維新が人民の下からの闘いによって生まれたものではなく,下級武士の政権奪取でしかなく,人民にとってはお上が代わっただけのものであり,自ら世を作ってゆくという一般的な意志がこのクニには根づかなかった.
 そして,戦後はそこにさらにアメリカ問題が重なる.そんな時,『月刊日本』(6月号)に植草一秀氏の「CIAの対日工作」が掲載された.そこで著者は「共産党を除外した野党勢力に二大政党の一翼を担わせようと、CIAが連合と立憲へ工作が始まった」と推察している.枝野の立ち振る舞いを見れば,それは正しい.そのうえで,今このアメリカそのものが没落の過程にある.

 2019年,『分水嶺にある近代日本』で次のように書いた.

 アメリカとの関係では、最近、日本の空はすべて米軍に支配されていること、在日米軍はすべて治外法権の下にあること等が暴露されはじめた。奴隷であることさえ知らない真底からの奴隷状態を、ようやく脱する端緒が出てきている。

 アメリカは現代のローマ帝国である。それはすでに没落と崩壊の過程に入っている。いかに紆余曲折を経ようとも、それは避けられない。ここにアメリカの問題が表に出る背景があり、アメリカからの独立が現実の歴史課題となる条件がある。

 この歴史的現段階をふまえて近代日本を問い直し、資本主義の次の時代を見すえたわれわれの理念を育て、政治に向かう。これが問われる二〇一九年である。

 没落するアメリカが,没落する日本から少しでも多く搾りとり,アメリカの没落を少しでも先に延ばそうとする.それがいまの日米関係である.

 写真は夙川の両岸に咲くあじさい.犬の散歩で通る.神戸の灘区に流れる住吉川などは両岸がコンクリートである.このように緑あふれる夙川を残してくれた先人に感謝する.
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