人に会う

 この数日,いろいろ人に会った.以下はそのうちの二件である.

 17日は昔の理学部1組の同窓会であった.世話してくれる人がいて,もうずいぶん前からやっているのだが,私が参加したのは2016年だった.「S1会」のその経過を書いている.そして次は昨年の節分の日で「S1会と祇園白川,吉田神社」に書いた.みなそれぞれに働いてきて,今は時間の余裕のある人らなのだが,どこか面影があり懐かしい.
 会場が山ばな平八という,安土桃山の時代から続く日本料理の店だった.写真の後ろの門も,その頃からのものだそうである.この店はサバ街道ともいわれる若狭街道に面していて,街道をとおる人らのためのお茶屋としてはじまったのだそうだ.白川通のもう一つ西側で松ヶ崎というところ,もうすぐ岩倉という京都盆地の北の山麓という地である.このあたりまで来るのははじめてであった.
 終わってから皆で,大黒天まで歩いた.この裏山が,五山送り火のうち,「松ヶ崎妙法」の「法」の山である.天気も良く,しばし散策して戻ってきた.

 16日には,40年ぶりぐらいになるか,昔の教え子に会った.一度どこかで出会って声をかけられたことがあるようだが,こちらは覚えていない.もうながく夙川でイタリア料理店をやっていて,昨年の「還暦同窓会」のときも,店があるからと来なかった人である.この日こちらは,子供の居場所づくりをやってるいくつかのNPOの集まりが近くであり,私も参加したのでその帰りに2人で行ったのだ.
 高校時代のことをいろいろ聞かせてくれた.私は当時「フランケン」というあだ名で生徒から呼ばれていたのだが,彼女も「フランケンの授業は云々」と,こちらのやる授業やクラスの運営などをいろいろ裏で支えてくれていた話も聞かされた.修学旅行のときのことなど,はじめて聞いた話も多かった.自分がこの名で呼ばれていたのも忘れていたが,ごく自然に彼女の口から出て思い出した.親の方針に反抗して市芦に来て,また反抗してある短大の家政科を出,その後イタリア料理店を始めた.もう孫もいる.
 このクラスは,私がはじめて担任したクラスで,3年間組替もなかったので,互いによく知っている.私にとっては,高校生に数学を教えるという仕事を経験し,それは以後の礎となった.このときの経験が「量と数」の土台となり,青空学園数学科もある意味では,ここにはじまったのだ.
 一度この店にゆきたいと思いながらこれまで機会なく,ようやくに実現した次第であった.うまいイタリア料理であった.肉もいいし,パスタも良かった.白ワインによくあった.あの頃はこちらが26歳で彼らが15歳であったが,ここまで来ればあまり変わらない.また来るよということで店を出た.

 人との出会いと,自分のなかでそのことから学ぶことと,それが人生である.今週は,杉村さんと自著についての対談も予定している.仕事も日程に追われて忙しいし,地元の用事もいろいろある.一つ一つやってゆきたい.

五月の大阪

 題をいろいろ変えてしまう.「五月の大阪」は,1968年「五月のパリ」の連想である.しかし現実はいろいろな意味でずいぶんと違う.

 11日は定例の梅田解放区の日である.前回の4月27日は地元自治会の総会があり,いけなかった.久しぶりという感じで梅田にいってきた.この土曜日は夜にもいろいろ集会もあり,途中でそこにいく人もあり,参加者は多くなかったが,みな元気にやっていた.私の写真はついたところでのものだが,Yumiさんの報告には,写真もいろいろある.彼女は英国に長くいたそうで,立ち止まって聞いていたアメリカ青年と流暢に話していた.

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 森友学園問題を考える会の人も来ていた.森友疑獄も加計疑獄も終わっていない.首相が収賄と便宜提供の当事者であることが白日の下に曝されても,捜査すらなされない.その安倍をかばうため,公文書を隠蔽・偽造した.基本的な統計も改ざんし,賃金上昇と景気拡大を演出する.実際の賃金は下がり続け,原発は再稼働されてゆく.山本太郎さんも言っているが,子供の7人に1人が貧困,一人暮らしの女性、3人に1人が貧困,である.
 東洋の島国日本は,国際資本に国家と国民を捧げ,さらに核汚染にさらされ,人々は困窮してゆく.この現実は悲惨である.そして,「代替わり」の諸行事とやらで騒ぎたて,現実を見ないようにしむけ,首相の犯罪を「平成」にあった過去のこととして塗り隠してゆく.
 目の前を通り過ぎる若者たちは何を考えているのだろう.同じ若者の語ることを,どのように聞いているのだろう.連休が終わり,この間の騒動を通して,前を通る若者に表情がいっそう無くなったように感じたのは,思い過ごしであろうか.それにしても,なぜ人々は怒らないのか.これはまさに近代日本の教育の結果ではないのか.
 私は,根なし草近代のなれの果てが,今のアベ政治であると考えている.ではここからの活路は,あるのだろうか.こちらができることはしておこうという思いもあって『神道新論』を表したのだが,しかし,世を変えてゆくことは厳しい道である.

f:id:nankai:20190511220512j:plain そんななかでも,七日火曜日,京都で仕事の日の鴨川の七条大橋を下がったところから北に見た叡山や如意ヶ嶽,東山の峰.新緑となる前の黄緑色の木々が東山に目立つ.空は雲一つなく,余りに印象的であった.美しき五月の京都,である.
 しかしこの光景が印象的であればあるほど,関電の高浜原発美浜原発大飯原発はここから遠いものでも100km以内にある.もしそこで核惨事が起これば,この京都の街もまた核汚染にさらされることを思わずにはいられない.なにより琵琶湖の鮒寿司が汚染される.宇治川もまた汚染される.それが福島では現実なのだ.
 原発はもう発電としては不要である.四国電力自然エネルギー供給割合がピーク時に電力需要に対して最大100%以上に達し,1日平均でも52%に達している.九州電力でも,ピーク時に太陽光発電が電力需要の81%に達し、自然エネルギー比率では最大96%に達しているそうだ.資料は環境エネルギー政策研究所より.
 関電も原発の電気は必要ない.原発を動かしているのは,アメリカの核戦略に従属した日本政治である.愚かである.
 そして大阪維新の会である.戦後の自民党は,資本主義が拡大してゆく段階での資本家の党である.そしてこの地球の有限性のゆえに拡大を旨とする資本主義がもはや終焉の段階にに至ったとき,そこに現れたのが,全国政治ではアベ政治であり,大阪では維新の会であった.大阪都構想を表看板に身を切る改革などといいながら,その実はカジノ誘致であり万博誘致である.橋本前市長は改憲を言いはじめている.それもまた,旧来の自民党との違いを際立たせるためである.そしてこの維新が各市議会選挙などを含めて上位を占める.

 国際的にも,維新のような政党がそれぞれのところで出てきている.移民問題が焦点である欧米ではこれが排外主義と結びつき,勢力を伸ばす.
 資本主義が市場を拡大することができなくなったとき,それでも儲けるのは戦争であり,武器産業である.アベ政治は,国内をどれだけ貧困化させても, まさにこの国際的な武器産業にすべてを捧げる政治である.
 しかし戦争はここからの活路とはなり得ない.ではどのような道があるのか.もっとわかりやすく,資本主義の拡大ではなく,ものの循環する世への道を提示してゆくことが必要だ.横断幕をもち道ゆく人々を眺めながら,それを痛感した.

2019憲法集会

 今日の午後,神戸まで出かけてきた.神戸の総掛かり行動実行委員会の「戦争させない,9条壊すな 5.3兵庫憲法集会」に出るためである.この集会は昨年も出かけた.そのときのことは「2018憲法集会」にある.
 去年はもとの同僚に出会った.今年は、梅田解放区で出会う人や私の地元の人,西宮の市会議員などに出会い,そして帰り道では解放教育を一緒にやっていた伊丹の元教員にも会い,電車で一緒に帰ってきた.
 集会は,川口真由美さんのミニコンサートではじまる.この人の歌はこれまでも何回か聞いてきたが,確かにひきつけられる.そして,落合恵子さんの講演,というか語りがあった.それからデモ行進.私は用事もありデモには加わらず駅に向かったのだが,途中で伊丹の元教員が歩いているのに出会った.どうしたのと聞くと少し足を痛めているということで,彼もデモには加わらず戻っている.一緒に阪急電車に乗り,中でいろいろ話した.彼とは梅田解放区でも出会ったが,話ができたのははじめてであった.私が先に乗り換えるので,握手をして別れてきた.
 今年は去年よりも参加者も多かったと思う.子連れの若い人が幾組かいたのは良かった.集会公園の横で走り回る子供もいた.私はこういう集会などの場でいろいろ考える.体を動かして考えるのがこちらの方法なので,時間があるときは出かけてゆく.

 私の第九条に対する考え方は,もう15年前のものだが「日本国憲法第九条こそわれわれの自主憲法である」にある.今はもう少し憲法そのものへの考え方も深めているが,このように考えてきたことはまちがいない.そして,そのうえにこれまで生きてきたこともまちがいない.これには英訳「Japanese Constitution Article 9 is the our own Constitution. 」も作り,ここにおいてきたが,読んだ人はいるのだろうか.

 これをさがしている途中で,「『竹内好という問い』を読む」を書いているのに気づいた.もう14年前にこのように考えていたのだ.これは私が日本語科でいろいろやっている途中のものだ.このときからまた時間が経ち,ようやく人に語れるようになったかと考え,『神道新論』を表したのだ.拙著の後書きで「原稿を出版社に送ったとき、この一冊を書くのに二十年かかった、と思った。」と書いたが,実際そうなのだ.自分のこの一文に再会したのも、今日体を動かしたからだ.
 仕事もたまり,地元の諸々の準備もしなければならないが,半日,貴重な時間であった.

 夕方,天皇が外来のものであることについてそれを文献から検証している小林惠子さんの本を整理した.先日書いたことの根拠となる文献である.このような研究を日本の歴史学会は無視する.「天皇は内発のものであり万世一系である」という立場と矛盾するからである.それだけにぜひ読んでほしい.

小林惠子

倭王たちの七世紀―天皇制初発と謎の倭王現代思潮社、1991
『三人の神武』文藝春秋社、1994
『広開土王と「倭の五王」』文藝春秋社、1994
『解読「謎の四世紀」』文藝春秋社、1995
『興亡古代史―東アジアの覇権争奪1000年』文藝春秋社、1998
『本当は怖ろしい万葉集―歌が告発する血塗られた古代史』 (祥伝社黄金文庫)、2007
『古代倭王の正体 海を越えてきた覇王たちの興亡』(祥伝社新書)、2016

四月から五月に

 昨日は京都で仕事であった.少し早く家を出て阪急電車四条河原町まで行き,そこから高瀬川沿いに南へ歩いた.時間がとれるときは,運動を兼ねて京都の街を歩くようにしている.
 高瀬川は,江戸時代初期に角倉了以・素庵父子によって、京都の中心部と伏見を結ぶために物流用に開削された運河である.京都の街のなかでは新しいのであるが,街に良くなじみ,季節それぞれの趣がある.鴨川と河原町通りの間にこのような水路があるのは驚きでもある.
 七条付近まで来ると少し曲がって鴨川沿いにでて歩く.このあたりは鴨川沿いに道がある.歩きながら北にふり向くと如意ヶ嶽などもみえる.京都である.京都の街はまったく自分の体の一部のような気持ちである.
 それから昔の崇仁小学校のまわりを歩く.このあたりも再開発で,戦後の街の趣がなくなってゆく.今は校舎が残っているが2020年の3月でなくなるとのこと.少し校内も歩く.二宮尊徳の像もある.昔の自分の小学校にもあった.明治以降の国家主義教育の名残りではあるのだが,懐かしくもある.これもいずれ破棄されるのだろう.それから仕事場へ行く.
 そして仕事を終え,京都駅前の塩小路通りにある行きつけの店にゆく.ここに来るようになってもう20年以上になるだろうか.店に入ると,数年前に店を辞めていた前の店長がきておられた.あの人のつくるものは味わい深かったなあと思いながら店にいったので,再会できて驚いた.ここも人手不足で,これからも時々きて手伝うとのこと.私より年上だが,お互いもう少し働きましょうかという話しになった.少し暑くなったら鱧のおとしもはじめるとのこと.楽しみである.ぜいたくな楽しみではあるのは承知しているが,あの店長の一品で独り飲むのはやめがたい.
 世は連休だの代替わりだのと騒々しい.昨日から今日は平成から令和であるそうだが,四月から五月であることに変わりはない.こちらはいつもの通り授業もあり,そして今度の土曜は代講授業である.この仕事をして四半世紀であるが,休日はない.休日を休みにすると教室ごとの進度が違ってしまい,振替授業が受けられなくなるのだ.先週の土曜は梅田解放区の日であったが,こちらは地元自治会の総会であった.このところ,問題作成とその校正なども結構あり,なにかとすることが多い.

 平成が終わったということで,いろいろ報道がなされたようだが,「テレビ各局の“平成事件振り返り”から「福島原発事故」が消えた! 広告漬けと政権忖度で原発事故をなかったことに」の記事もあるように,福島の原発事故が隠されている.なかったことのようにされている.しかし,事実として,東電核惨事は平成期の最も大きなできごとである.『神道新論』に次のように書いたが,まさにこれは,昭和期のあの敗戦につぐ,平成期に起こった近代日本の敗北そのものである.

 しかし、さらにそれが惨事であるのは、日本政府や東京電力が核汚染の現実を公にすることなく隠し、本来なら放射線管理区域として厳格な管理のもとにおかれねばならない汚染地域に、人をそのまま住わせていることである。また、避難のために移住する権利さえも保障されていない。このような情報隠し、情報操作によって、避けうる被曝が逆に拡大する。これがまさにいま広がっている。この意味でこれは三重の人災、二重の犯罪である。
 東京電力福島第一発電所の引きおこした核惨事は、かつての十五年戦争の敗北につぐ近代日本の第二の敗北である。

 さて今日行われている大嘗祭の起源について,根拠となる文献などもあげねばならないのだが,『神道新論』ではおよそ次のように書いた.

 長い時間が流れ、後漢の終わりころから再び動乱期となった大陸から、天皇家の祖先がやってきた。弥生時代末期から古墳時代の日本列島は戦乱の時代であった。そのなかで日本列島を武力統一し、列島中央部を支配したのが今日の天皇家の祖先である。
 南方と北方の二つの系統の支配がいきかい、交替し、唐の時代になって、日本列島もまた北方系の支配が確立した。それが、奈良盆地に成立した王権である。黄河文明に起源をもつ遊牧系の民族が日本列島の支配権を確立することで成立した。
 こうして成立した王権は、その支配権が確立したころ、日本列島に内発した王権であるとの虚構のもとに、古代日本の各地の王権の歴史を簒奪し「日本書紀」を書き出した。そしてそれと矛盾する多くの文書を焚書にした。万世一系天皇家という虚構もまた、この過程で生みだされた。
 そして、彼らは農業協働体がその維持発展のためにおこなってきたさまざまの習俗を取り込み、あたかも天皇家がそれを代表するかのように振舞うことで支配の権威を打ち立てた。その典型は「すめらみこともち」として天皇を位置づけることであった。固有の言葉で語られることを神から受け取るものとしての天皇、である。
 そして大嘗祭である。大嘗祭のもととなる祭そのものは、収穫の感謝の祭としてそれぞれの協働体でおこなわれてきた。当時の基幹の産業は農業である。天皇家は、農業の発展を願う人民の心を取り込むため、農業協働体のなかでおこなわれてきた習俗としての祭りを新嘗祭大嘗祭として取り込んだ。こうして天皇家の正統性と権威づけを演じ出してきた。
 天皇は神の言葉である「みこと(御言)」を聴くものであり、列島の習俗が天皇に源をもち、天皇が日本文化を体現するというこれらのことは、虚構である。

 このあり方はそのまま今日に続いている.いやむしろ今日,この虚構のうえに,アベ政治を糊塗するために,この天皇制はよりいっそう強く用いられている.「天皇の政治利用」とも言えるし,アベ政府のやっていることはまさにそうなのだが,天皇制とはもともとそういうものだとも言える.
 このような事実をふまえ,そのうえでアベ政治が行きづまるときに,それを越えてゆくために,さらにその基層にあることごとを掘り下げ,これからの人の立つべき根拠をまとめている.それが,まことの神道である.そしてこれは,明治期に国家神道という真逆のものに置きかえられたのである.『神道新論』の意味をもう少し展開して,語りあうための準備である.

国が滅びるとき

 国が滅びるとき,などといえば,「どこのこと?」ときかれるかもしれない.いや,この足元の日本だよと答えれば,「何を言っているのか」と思われる人も多いだろう.その意味は,この国が人の国ではなくなるということである.かつて阪神淡路大震災のあとの国家の非人間性を告発した小田実さんは同じ西宮の市民だったが,『これは「人間」の国か』を表した.東北の大地震と東電の核惨事のあと,再び同じことがを言わねばならない.それを言っている雁屋哲さんのブログを後で引用する.

 さて,桜もほぼ散り,これから新緑の時節となってゆく.こうやってこの列島では季節がめぐり,そのなかで縄文の時代から弥生の時代,そして今へと人々は日々の生活をしてきた.
 そう思うと,その次に出てくるのが,では福島はどうなのだ.季節はめぐると思いを寄せてゆくことができるのか.また,遠からず南海トラフが動くが,そのとき,西日本の原発で何かあれば,ここもまた変わってしまう.大飯原発,高浜原発などの福井県にある関西電力原発が惨事を起こせば琵琶湖も滅びる.季節の変化を感じとりながら,同時にこんなことも考えてしまう.私は,『神道新論』の最後の節「神道の教え」で

第三に、ものみな共生しなければならない。いのちあるものは、互いを敬い大切にしなければならない。生きとし生けるものを大切にせよ。無言で立つ木々のことを聴け。金儲けを第一に現代の技術で動かすかぎり、核発電所はかならずいのちを侵す。すべからく運転を停止し、後の処理に知恵を絞れ。

と書いたが,二週間前の関西での議会選挙や首長選挙を見ていると,まだまだこれが行われるような世ではないことを確認させられる.日曜日の市議選がどうなるかも注目しているが,立候補しているもの達の顔ぶれを見ると,大勢は変わらない.そのなかで一人,不登校の子をかかえ苦労した親が立候補した.これを応援している.地元の駅でのビラ配布も手伝った.

追伸:22日,その人が 当選した! それでも議会のなかでは少数派である.西宮の行政や議会はまったく古い.これから苦労されるだろう.いろいろと力をあわせてゆきたい.そして豊中の木村議員も 当選した! 朝からこれを確認して一息ついた次第.

 このような今の日本に関して重要な言葉に出会ったので,ここに書いておきたい.またこれに係わる私の考えを,順次書き足してゆきたい.

 それは,漫画家の雁屋哲さんのブログ「雁屋哲の今日もまた」の最新の「奇怪なこと」である.彼はそれを次の言葉で締めくくっておられる。

一つの国が滅びるときには必ずおなじことが起こります。

支配階級の腐敗と傲慢。
政治道徳の退廃。
社会全体の無気力。
社会全体の支配階級の不正をただす勇気の喪失。
同時に、不正と知りながら支配階級に対する社会全体の隷従、媚び、へつらい。
経済の破綻による社会全体の自信喪失。

これは、今の日本にぴったりと当てはまります。
私は社会は良い方向に進んでいくものだと思っていました。
まさか、日本と言う国が駄目になっていくのを自分の目で見ることになるとは思いませんでした。
一番悲しいのは、腐敗した支配者を糾弾することはせず、逆に支配者にとっては不都合な真実を語る人間を、つまはじきする日本の社会の姿です。

このブログに書かれていることはぜひ読み通してほしい.まさにそこに書かれているようなことが今の日本のアベ政治である.

 私はいずれこのようなときが来のではないかと考えてきた.それは『神道新論』の序章で書いたが,鶴見俊輔さんの次の言葉にもあるように,近代の日本語は人が考える言葉ではない,こんな言葉でやっていてはどこかで破綻すると思わざるをえなかった.私が,社会運動をしながら,同時に自らの言葉にこだわるものであったから,このように考えたのだ.

 日本の知識人は欧米の学術をそのまま直訳していて、日本語のように見えますが、実はヨーロッパ語です。それをよくわかっていないのです。そういうものとして操作しているので、根がないのです。しかし、日本語そのものは二千年の長さをもっています。万葉集から風土記から来ている大変なものなのです。万葉集を読んで聞いてわかるのですから。イギリス語、フランス語より深い歴史をもっています。今もそれは生きているのです。この古い言語の意味に、さらにくっついている魑魅魍魎も全部引き受けて、何とか交換する場をつくりたい、それが竹内好の言語の理想です。なぜ、それを生かさないのでしょうか。そこに日本の知識人が行っている平和運動とか、反戦運動がすぐにあがってしまう理由がある、という感じがします。

 それが世界的な資本主義のゆきづまりの中で,福島の核惨事をショックドクトリンとして現実化した.根なし草言葉による根なし草近代,そのなれの果てとしての現代日本である.これらのことは「分水嶺にある近代日本」 を見てほしい. 
 そして,このなれの果ての地から,それでも立ちあがってゆこうとするためには,考える言葉を耕し,言葉に蓄えられた智慧を拓かねばならない.その思いから書き表したのが『神道新論』であった.
 現代において国が滅びるとはどうのような途をたどるのか,それを見定め言葉にしておきたいと考えてきた.人でなしの国,その認識がこの20年のこちらの基礎作業の出発点であった.これからどうなってゆくかも見定めたい.しかしまず,さまざまの言論弾圧が起こるであろう.それに対抗するためには,生活の場からの横のつながりが必要である.「分水嶺にある近代日本」に編集部がつけてくれた前書きが,

資本主義の価値観とは異なる、別の生きる道を模索する人々の運動が、裾野を拡げている。物質的な豊かさを求めるのではなく、人の輝きを奪い尊厳を踏みにじる、そのことへの怒りが人々を突き動かし、世を下から動かしてゆく。そういう時代がはじまっている。

であった.まさにこのような場を拡げ深めてゆかねばならない.その意味では,生きづらさを逆にテコにしてつながるものの力が新しい議員を生み出した経験は,大切にしたい.

 いろいろ考えることを整理し,もう少し準備をして,五月の後半には杉村さんとの対談ができればと考えている.

時節は春だが

 昨日は定例の梅田解放区の日であった.そこへ行く前に,まず梅田の西側のヨドバシカメラの前に行く.2013年の頃,関電前行動で知りあったTさんが,この3年余り毎週日曜日の午後,ここでプラカードを掲げている.梅田解放区が土曜日なので,今週は土曜にやるから会いたいとメールをもらった.それでまず彼に会いにゆく.しばらくヨドバシカメラ前のテーブルで話をする.
 Tさんは「OPEN」という技術計算のソフトを開発し,それを仕事にしてきた人で,私より四歳ほど年上である.しかしたいへん元気で,関電前の行動の頃は、終わってから地下鉄の淀屋橋駅まで歩き,そこででよく話しあった.

 しばし話した後,彼と一緒に梅田の東側に移動する.この日の参加者はいつもより少なかった.豊中で日頃の活動をやっている人らもこの梅田解放区には何人かきているのだが,豊中ではあの木村議員を支えている.市議選が日曜日に公示されたが,その出陣式の様子を田中龍作さんが「権力が総力を挙げて落としにかかる森友追及の議員 木村真・豊中市議「勝ちに行く」」と伝えている.豊中の人に聞いたが,「勝ちに行く」といわねばならないほど情勢は厳しい.
 ということで,告示前のビラ配布などの活動のために,早々に地元に戻っていった.そしてその後,若い人らがそれぞれ語る.それに交じってTさんもプラカードを掲げる.

 さて,「まったく懲りない「原子力ムラ」“開き直りサイト”が大炎上(日刊ゲンダイ)」にあるように,アベ政治のもたらした日本の現実は悲惨なものである.このサイトを作った制作会社は大金を受け取り言われるままに,それ以上のまさに忖度をしてこのサイトを作ったのだ.それがどのような結果になるかも予測できなかったのだ.ここにいまの日本の愚かさの側面が現れている.
 また,<めげ猫「タマ」の日記>さんが詳しくいっておられるように,世界貿易機関WTO)の紛争処理の「二審」に当たる上級委員会は11日、韓国による福島など8県産の水産物輸入禁止措置を不当とした「一審」の紛争処理小委員会の判断を破棄し,日本は逆転敗訴となった.しかし,それは当然である.

 私どもは,食品を買うときは必ず産地を確認し,千葉県以北青森以南のものは,農産物であれ水産物であれ,買わない.「風評被害だ,売れなくなる」との見解が上の方からは出てくるだろうが,本当は売ってはいけないのだ.福島の農業,東北沿岸の漁業はすべて停止し,その結果生まれは損害はすべて東電に保障させねばならないのだ.福島の地場産業はどうなるのかという意見が出るのは当然だ.しかしそれが壊滅するというのが,核汚染の現実,真実なのだ.小出さんが初めからいっておられたように,東電は解体して国有化し,すべての資産を福島の被害への補償としなければならない.
 アベ政治はそれとはまったく逆のことをやってきた.核惨事の現実を覆いかくし,オリンピックをやり,そして原発を再稼働してゆく.原発が事故を起こしても何もないということを一般化したい国際的な原発マフィアの手先として,その意のままに操られ動いているのがアベ政治である.しかし,太平洋を越えてアメリ東海岸まで汚染が広がり,もう国際的な機関ではごまかしきれなくなってきたのである.

 小出さんが「進まぬ原子炉解体作業 広がる汚染」で言っておられるように,

3月11日に大量の放射性物質が大気中に放出され始め、3月末まで激しい汚染が続きました。それらが風に乗って関東・東北の広大な地域を汚染しました。私の試算では、東北・関東地方の約1万4000平方キロメートルにおよぶ面積が放射線管理区域に指定されるべきレベルまで汚染されたと考えています。「放射線管理区域」とは、一般の人の立ち入りが禁止される区域ですし、私のような特別な放射線業務従事者でもその中では飲食が禁止され、トイレも造ってはいけないような場所です。
 これに対し政府は、3月11日に原子力緊急事態宣言を発して、これらの法律を反故にする措置をとりました。つまり、本来人が住んではいけない区域から避難させるのではなく、その地に人々を放置したのです。緊急事態宣言は、今も解除されていません。
 東京でも江戸川区葛飾区には、放射線管理区域に匹敵する汚染地域があります。そうした地域で住民が食事をし寝起きしているのですから、どんな健康障害が起こっても不思議ではありません。

が現実である.であるから,韓国の輸入禁止は当然なのである.私が千葉県以北青森以南のものは絶対買わないというのも当然なのである.

 これだけ悲惨なアベ政治と、それと同じ維新政治である.それでも大阪では維新が選挙では多数である.目先の利益を得ているものは投票所に足を運び維新に入れる.今の世のあまりの有様に心を閉ざすものは選挙に行かない.この結果,大阪では維新政治が,全国ではアベ政治が,まさにはびこってゆく.梅田解放区のようなところにきて,自分の思いを述べる若者はごく少数である.これが現実だ.私は『分水嶺にある近代日本』の「悲惨国家の現実」で,

こうして今日の日本は、国際資本の収奪に国家と国民を完全にゆだね、すべてをそこに捧げる政治体制となっている。これを「アベ政治」と言う。ここまで酷いことは、歴史上はじめてである。一度は堕ちるところまで堕ちないと何も変わらないのかも知れない。しかしそれでは犠牲が大きすぎる。

と書いたが,1945年の広島・長崎の原爆とそれに続く敗戦のように,ゆくところまでゆかねば変わらないのではないか.そう思わざるを得ないほどの今の世の有様である.もっとも,あの敗戦でも近代日本の中枢部は本当は何も変わらなかったのだが.ある意味ではそのツケまで含めて今に至っているのだ.
 時節はいつの間にか春である.わが家の裏の片隅の射干の花が今年も咲いた.2009年の「時代の課題」以来,この花が咲けばここに書いてきた.このときはいわゆるリーマンショックの直後であった.もう10年になるのだ.このように自分でもすぐ読み返せる日記は重宝である.そして,これを読みかえすと「この先,本当に大きな教訓を得ることになる」と書いている.いよいよそのようなときになりつつあるのかも知れない.

春間近

 今日の昼前後は地元自治会のお花見.地域にある公園には桜の木も何本かあり,毎年ここで花見をしている.昨日まで雨模様だったが,何とか雨も上がり,気温は低かったが日差しは戻ってきていた.11時から寿司を配る.ビールの持ち込みは自由.ということで,フラダンスや紙芝居を鑑賞しながら昼のひとときを過ごして戻ってきた.桜は三分咲きというところか.自宅の花海棠もそれくらいである.

  昨日,雑誌『日本主義』の最終号となる第45号が15冊届いた.ここに私の一文「分水嶺にある近代日本」が載っている.まず杉村さんなど7人にこれを送った.この一文のなかで次のように書いた.いよいよこの日本は堕落の淵に向かっている.昨今の代替わりの騒ぎを見ていると,もういちどここで引用しておかねばと考える.

 平成とは、資本主義が終焉期をむかえる中で、バブルの崩壊に始まり、国民の犠牲のうえに資本にすべてを捧げる方向に進んだ時代であった。それがアベ政治を経て、もはやこのままでは先はないところにきて、平成が終わる。ここに、近代日本の分岐が平成の終わりにはじまる必然がある。

 であるから、この期に及んでもそれでも経済を拡大しようとする諸々の勢力が、代替わりをアベ政治の煙幕に使うことにまどわされてはならない。

また,

一度は堕ちるところまで堕ちないと何も変わらないのかも知れない。しかしそれでは犠牲が大きすぎる。

とも書いているが,昨今の世上を見ていると,歴史としてはそれもありうると思われる.

 さて,私は,この雑誌の2016年秋の第35号に『言葉の力と「生きる」ことの意味 −−日本語の再定義を求めて』と題した一文を寄稿した.そのことは「ある雑誌への寄稿」にある.そしてその次の号冬の第36号に「いま『夜明け前』を読む 」という一文を寄稿した.そのことは「ある雑誌への寄稿(二)」にある.
 これらを一年かけて統合し,再定義を増やし,全体に加筆して2018年3月に『神道新論 』を作品社から出版した.2017年の夏はこれに集中していたのを思い出す.本書の目的は,日本語に根をもつ思想を生み出してゆくために,その基層となるべきところを拓き耕すということであった.根なし草の近代主義を克服し,日本語のことわりに根ざし考える土台をつくるために,できることをしようということであった.その過程で日本語のいう神と天皇制は両立しないことを明らかにし,竹内好の言う天皇制をのりこえてゆく途をも提示するものであり,その思想的な土台作りの試みでもあった.
 それはまた,日本が堕ちるところまで堕ちたそのところから再び立ちあがってゆくための土台でもある.いわばこれは私の後世に残す遺言である.この思いももって『神道新論』を出版してからもう1年である.時間の経つのははやいものだ.

 その雑誌「日本主義」が終刊するということで,一文の寄稿を求められた.それに応じた今回の一文で『神道新論』の今日の意味と位置づけを加えることができた.この3年間の一連の考察とそれを公にする営みは一段落である.いろいろとやってきたことをふり返るいい機会となった.原稿を依頼してくれた雑誌編集部に感謝する.

 青空学園を開設し,自らの思索の場としてもう二十年である.数学科では学問としての高校数学を,数学そのもののとして展開し,すべてを公開してきた.高校生のときの自分が今の自分に出会ったいたら,もっといろいろ学べただろうという思いで,「数学対話」などを作ってきた.毎日多くの人がここで勉強している.
 日本語科でやってきたことは,根のある思想を構築するための土台作りである.『日本語定義集』はそのためのまさに前提をなす作業であった.それがようやく一定の蓄積ができ,人に語ることができる段階になり,これらの一連の文章を雑誌寄稿や書籍として公にしてきた.字数の制限もあり十分に展開してきたとは言い難い.

 これからは杉村先生や人民新聞などの力も借りて,これを拡げ深め,できるならば多くの人と語りあいたいと思っている.地元の自治会の代表もしているし,問題づくりや授業の仕事も今年は昨年よりずいぶん多い.時間を大切にして,できるところまではやってゆきたいと思っている.

 これらを書いてつくづく思うのだが,すべてはあの二〇一三年秋の入院以降のことなのだ.私事のいろいろとも重なり,まことに感慨深い.