夏の終わりに

 もう8月も終わりである.24日は地元のお地蔵様の地蔵盆であった.私も世話人会に入れてもらっているので,朝の7時半からテント張りなどの設営して,夜の6時に片付をした.世話人が交代で坐り,お参りに来た子供らにお菓子をあげる.この町内にただ一つあるお地蔵様である.5年前にも書いた.「夏の終わりに」,題名まで同じである.
 この祠はかつてはいまある水路の横にあったのだが,5年前より後に,この土地が開発業者に売られてそこにいられなくなり,市が認めてくれたので,横の水路の上に移った.阪急の駅にも近く住宅地としてすべて開発され,お地蔵様の居場所がここしかなくなったのだ.
 私ともう一人の世話人で手分けして,私は週に4日,朝6時半に犬を連れてこの地蔵様の祠の扉を開けにいく.お地蔵様のおかげで朝早く起きるようになった.
 今年のお地蔵様は赤いマスクをしておられた.今年は小学校校区の夏祭りもなく,近隣地域の夏の行事はこれ一つである.

 地蔵盆は京都で江戸時代から行われてきた.私の宇治の実家は,平等院から奈良に続く旧街道にあったが,そこから西30mに一つ,東50mに二つのお地蔵様があった.宇治のような古い街はあちこちにお地蔵様があるところである.近所の地蔵盆では,地元の洋裁学校の和室を借りて子供らが輪になって坐り,数珠廻しなどもしていた.小学生の頃,地蔵盆が終わると夏休みがもう終わりだと思ったのを覚えている.子どもの季節感にも大切な行事である.
 いま住んでいるところは戦後開発された住宅街で,このお地蔵様の先代は小川に寝ておられたそうである.それをいただいてきて,この新しい地蔵様を作り,坊さんに来てもらって魂をこちらに移してもらったそうである.もうずいぶん昔のことである.
 こういう行事は大切にして,次の世代にひきついでゆかねばと思う.次の写真は広大な満池谷墓地の東の方の夕焼けに染まる入道雲.28日午後6時15分頃撮影.

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 そんなこんなで夏も終わってゆく.
 この夏はいろいろと考えることができた.自分のやっている仕事の意味を見直し,やはり青空学園が自分のいちばん大切な場であることを確認した.青空学園数学科があることの意義についても確認と納得をし,日本語科の日常活動についてもいろいろ考えた.
 パソコンについてもいろいろ手を加えてた.所詮は道具なのだが,考えることと一体なので,手を加えた.

 これらを踏まえて,これからなしうることを積みあげてゆきたい.明日からは仕事である.仕事といっても,地元の仕事,青空学園の仕事,問題づくりの下準備,などなどいろいろある.しばらくそれらから離れていた.それがまたもとに戻ってゆくということだ.
 それにしても,近代日本がここまで没落するとはお地蔵様も思いもよらなかっただろう.これからどうしてゆけばよいのか,たずねてみたいものである.