京大入試数学で思ったこと

nankai2009-03-02

昔から三月は好きだった.春の訪れを感じることができる.「訪れ」は今は「おとずれ」とルビを振るが本来は「おとづれ」である.語源は「おと−つれ」.音を立てる,戸をたたく,ではないかと言われている.春の音を聞きとる.それが三月である.しかし今日は寒の戻り.風邪が冷たい.焼き物の雛人形を飾った.
入試問題をいろいろ解いてみた.京大理系は少し難しくなったといわれているが,入試問題としてはこの辺りができるような力をつけたいところだ.深めておくべき内容もあって良い問題だった.この二,三年入試問題の方向が変わってきた.大学としての意気込みが反映しているならよいことだ.もっとも,入試問題の変化からここまで考えるの行き過ぎかも知れない.
どうしてこのようなことを思ったかというと,京大はこの十年来元気がなかった.大学としてどのような方向にいこうとするのか見えてこなかった.東大はそれなりに日本の大学として外を向いて気張っているところがあった.阪大は全国一の規模の大学として大阪に根づいてそれから外に出ていこうとする試行錯誤がよくわかった.それに対して京大は内向きで学生の志も高いとはいえず,伝統にあぐらをかいた滅びゆく老舗という感じだった.しかし世界恐慌という時代になって,これまでの考え方の枠組ではもう対応できないようになってきた.戦後の混乱期に西田幾多郎の哲学や湯川秀樹の物理学がそれなりに時代の精神的な支えとなったように,京大というか京都の奥深くからこの時代にもういちど人々を励ますような新しい何かが出てくることを期待している.