Poncelet’s Theorem

今日は午後3時間授業.その後関電前の集会に行ってきた.冷房の部屋に3時間いてそれから街頭へ出るのは疲れる.7時頃には風も海を感じるが,それまでが暑い.多くの人が来ていた.来週から当分夜は授業で参加できないが,これが今後どのようになってゆくのか,それを見守りたい.
帰ったらLeopold Flatto 著 『Poncelet's Theorem』(Amer Mathematical Society,2009/3/30)発送のメールが来ていた.一,二週間で来るだろう.以下はこの本を購入するに至った経過を自分の記憶のために書いておく.
青空学園ではこの二,三数来,射影幾何とその中の歴史的な定理の再構成に取り組んできた.19世紀に一気に発展した射影幾何学は,今日ではそれ自体はもう完成した分野で,大前提ではあるが個別問題はあまり省みられない傾向にある.しかし教育数学の立場からは,19世紀の解析幾何や射影幾何をこのままにするのはあまりにも惜しく,今後ぜひもういちど教育の場で取りあげるときがきてほしいと考えてきた.そのための準備だけでもしておこう,少しでも再構成しておこう,この先こういう問題意識をもった人の参考になることをまとめておこうと,いろいろやってきた.
その途中経過は『数学対話』や『パスカルの定理と幾何学の精神』にある.『パスカルの定理と幾何学の精神』では当初はパスカルの『円錐曲線論』を読み解き,パスカルの定理の再構成までと考えていた.一方,1990年頃日本入試問題にも何回か現れたポンスレの定理も,射影幾何の定理として勉強してきた.高校範囲では『ポンスレの定理』で十分なのであるが,その土台のところを深めるという立場で,再構成した射影幾何の上に,ポンスレの定理を様々の方法で証明してきた.
ところが,ケーリーの論文集『The Collected Mathematical Papers of Arthur Cayley.Vol.2』の第116論文や128論文で述べているポンスレのn角形が存在するための条件で行き詰まった.この一ヶ月ほどほとんど進まなかった.それで思いあまって,前からポンスレの定理と楕円関数についてのいくつかの論文を読ませていただいていた『数学者の一人ぐらし』の有本先生に,ケーリー自身はこの定理の証明をどこかに書いているのかということと,他の人がこの定理に証明をつけた論文はあるのかということをおたずねした.すぐに返事をいただき,ケーリー自身の証明は見たことがないが,最近の証明がある,ということで1978年の Griffiths と Harrisの論文『ON CAYLEY'S EXPLICIT SOLUTION TO PONCELET'S PORISM』と,上記の本の関連箇所を教えていただいた次第である.
Griffiths と Harrisの論文を読むために,昔読んだ岩澤健吉著『代数函数論』等をを引っ張り出して,記憶の曖昧なところを補いながら読みはじめた.が,行間をすべて埋めることはできない.それで一からすべてを書いているLeopold Flatto の本も注文した次第である.ネットで探すと,ポンスレの定理についてはさらに『Poncelet Porisms and Beyond』: Integrable Billiards, Hyperelliptic Jacobians and Pencils of Quadrics (Frontiers in Mathematics) Vladimir Dragovic (著), Milena Radnovic (著)というのもあり,その一部の画像を見ることができる.ここでもGriffiths と Harris の論が詳しく展開されている.
私は楕円関数とポンスレの定理を勉強するにあたって一応三つの目標をおいた.

  1. ヤコビが発見しケーリーが展開した楕円関数にもとずく円錐曲線の研究を踏まえ,楕円関数を用いてポンスレの定理を証明する.古典的なヤコビによると言われる[楕円積分による証明」はすでに載せている.それは2つの円の一方に接する直線が他方と交わるときの2つの交点の位置関係に関する不変量が楕円積分を用いることで得られるという命題がポンスレの定理の根拠であった.この基本思想のもと,ケーリーはさらに考察を深めた.ポンスレの定理の楕円関数による証明をおこなう.
  2. ポンスレの閉形定理が成立するための,2つの円錐曲線に関する条件,それをケーリーは述べたが,その証明は論文集にはない.それを再構成する.つまり,ケーリー(Arthur Cayley)の論文集第2巻第113,115,116論文の内容を再構成し,第116論文の定理を証明することをめざす.
  3. 代数幾何学』で示されている楕円曲線代数幾何的理論によって,第116論文の定理の楕円曲線による別証明をめざす.そのために,ケーリーが楕円関数を用いて展開した方法を,楕円曲線上で展開する.

このうち,1はケーリーの論文を読みこむことでできたのだが,それはPDFファイルになっているのだが,楕円函数論の立場からは厳密でないところがあり,さらに2,3についても,すでにGriffiths と Harrisによって1978年になされており,2009年になってこれが包括的な書物として,アメリカ数学会から出版されていたのだ.
私は,かつて数学研究から離れて高校の教員になった.その後,教える内容としての数学を深めておきたいという問題意識で,順にいろいろ勉強し,それを青空学園で公開してきた.その中に射影幾何に関するものが増え,高校幾何はやはりのその共通土台に射影幾何がることがわかり,これをいちどはじめから,つまり公理を立てるところから再構成しておこうとした.そのうえに,ポンスレの定理も様々の証明をやり直してみた.その過程で,1970年代にポンスレの定理が代数何的な構造をもつことが,改めて再発見されたことを知った.ただケーリーの証明が代数幾何的で再構成されていることまでは知らなかった.
紹介いただいたGriffiths と Harrisの論文を読もうとして,かつて読んだ『代数函数論』に再会した.そういうことなのだ.個人の歴史としては面白い.しかし,こちらがやっておこうとしたことはすでになされている.もしポンスレの定理を深く勉強しようとする人がいれば,これを読めばよい.私には本書のように包括的に論じる力はない.手に余る.ということは『パスカルの定理と幾何学の精神』はできたところまででまとめ,最後に文献を紹介して終わればよいという所に来ているのかも知れない.少しこの本を読んで考えてみようと思う.
それにしても,ポンスレの定理をテーマにこのような包括的な本が2冊も相次いで出版されたことに驚く.『解析基礎』や『数論初歩』,そして『パスカルの定理と幾何学の精神』などを,教えるという立場から根拠をさかのぼったとき,ここだという基礎にまでたどり着けるように,自分の勉強として作ってきた.このようなものでさえ,時間がかかる.上記の2冊の本は,たいへんな見識と労力が必要だ.射影幾何と代数幾何の分野で,それを数学者がやっている.このあたりはアメリカ文化の底力だ.以下は余談.政治的・経済的・軍事的にアメリカは凋落の一方であるが,このような戦略的で包括的なものを出版する文化力は,侮れない.パソコンのOSや最近のクラウドシステムなど日本で開発されたものなど一つもない.このように文化装置に関して「土俵を作る」力が,近代の日本には決定的に欠落している.謙虚に学ぶべきところ学ばなければと思う.
追伸:写真は,ナナフシとクマゼミ.ナナフシは隣との間のブロックにいた.部屋で撮して放した.