連帯兵庫みなせん設立集会

 今日は午後,神戸は湊川の市立婦人会館でひらかれた「第2回政党・市民討論集会&連帯兵庫みなせん設立集会」にいってきた.この間,さまざまの人が,ファシズムに対抗する人々の結集のために働いてきた.その兵庫県における一つの集約となる集会で,設立集会のあとは,民主、共産、社民、生活、新社、緑の6党が出席しての討論会が開かれた.主催は連帯兵庫みなせん準備会で,その中心は「護憲円卓会議ひょうご」と「ママと有志の会@兵庫」であった.会場は,われわれ世代が多数であるが,子供を連れた母親世代も結構いて,総勢およそ200人が参加していた.
 今の状況にそれぞれの立場から深い危機感を持つ人らが集まってきていた.その詳しい内容や討論会で出てきた各政党の態度と見解については,ここではおく.ただ,議会政治の枠組で反ファシズムの統一行動が実現するにはまだまだ途は曲がりくねっていることが明らかになり,だからこそまた,このような地域からの心ある人々の集りが重要であることがよくわかるものであった,ということは書いておきたい.
 参加して驚いた.私の教員時代の同僚の女性が2人受付に座っている.本集会の賛同人名簿から「憲法改悪に反対する元教職員ひょうごネットワ−ク」で参加しているとわかった.はじめすぐには気づかなかったが,そのうち互いにわかって,かつての同僚たちが「あんたが辞めた1987年以来やから30年ぶりやね〜」と言ってくれる再会を果たした.2人はそれほど変わっていなかったが,こちらはすっかりはげ頭なので,すぐには気づかなかったのだろう.もう一人,美術の先生だったY岡さんもいる.Y岡さんはお兄さんが護憲円卓会議ひょうごの代表で,彼女は今日設立された会の世話人もしていた.Y岡さんとは数年前に電車で出会ったことがあるが,そのときからずいぶん変わっている.聞くと彼女もこの間大病したようだ.こちらのことも話して,互いにそうだったのですか,という話になった.
 こうして,教員組合の職場分会の仲間が,30年の時を隔てて,女性3人,男性は私といつものY中さんと5人,5人が一堂に集まったのだ.なんということか,という感じである.また,どこかで見たような見覚えのある顔の人にも数人出会った.かつての兵庫の高教祖の,いわゆる反主流派の人ではないか.高教祖は昔も今もいわゆる共産党系が主流派.われわれはその反対派.解放教育研究集会などで出会った人である.そのうちの一人が声をかけてくれ,名刺を渡した.
 先日の高校から大学の友人との再会,今日のかつての教員組合の仲間との再会,いずれもこの時代の動きに促されての再会である.こうして時代の動きが人と人を再会させる.どこかでこころざしと良心を失わず生きてきたものが,再びめぐり会う.いまわれわれはそういう時代に生きているのだ.今日の集会は確かに新しい動きである.「みなせん(皆で選挙)」というが,選挙への参加は結果であって,大切なことは,一人一人が自分で考え,政治を自己の問題として行動する,ということだ.世代を超えてそれが出てきた.この新しい動きも踏まえて,この時代の意味とこの時代を生きるわれわれのことを,もう少し深めて考えたいと思った次第である.