みんなで行動

 12日は < 2.12 もうだまってられへん! みんなで行動  > が阪急西宮北口駅の南にある高松ひなた緑地で,午後2時からあった.この集会とデモに参加してきた.
     
 よびかけは
   ZENKO(平和と民主主義をめざす全国交歓会)兵庫
   西宮ピ-スネット
   9条改憲NO! 西宮芦屋市民アクション
の3団体であった.
 ZENKOのこのページ にはこの日の呼びかけビラも載っている.
 私はこれと同じビラを,日刊の「しんぶん赤旗」の折り込みで手に入れた.それで集会のことを知り,時間があったので参加した次第である.
 100人近くの人が集まっていた.いつも梅田解放区で一緒になる神戸の人にも出会った.また,地元甲陽園の知りあいはパレスチナの旗をもってきておられた.
 西宮の よつや薫 市議,庄本けんじ 市議,西宮市が選挙区の 久保田けんじ県議 も参加しておられた.それぞれの方とあいさつした.3人ともここに写っている.
 庄本 市議は,さっそくこの日の行動をとりあげてくれている.

 主催者や県議,市議らのあいさつが続き,それから阪急西宮北口駅の北側へ,
  大軍拡・万博・IRやめて被災地に回せ!
  岸田政権はイスラエルを支援するな!
と声をあげ,デモをした.
 こうしているときも,イスラエルパレスチナ侵略は続き,たくさんの人が殺されている.何という時代になったのかと思う.
 それでも,東京でも大阪でも京都でも,各地でイスラエルとそれを後ろから支えるアメリカや日本に対する抗議行動が続く.
 できるかぎり参加し,声をあげてゆく.

 さて,昨日と今日で,
日本語に生まれること、フランス語を生きること
 来たるべき市民の社会とその言語をめぐって」(水林 章 著 2023/9/20)
を一気に読む.amazonでは

今日の日本社会の危機的状況の根源にある、日本語に固有の言語問題と、その背後に控えている天皇制の呪縛に光をあてた渾身の批評。

とある.
 確かにその通りであり,私が青空学園日本語科で考えてきたことと通底する.近代日本と近代日本語が根なし草であることの検証では,いろいろ教えられることが多かった.
 ようやくに,このような書籍が出てきたと感慨深く思う.そのうえで,ここからの途を模索することが,青空学園日本語科の課題である.
 もっと掘り下げねばと思うことが重なる.できることをやってゆく.

自民腐敗党

 自民党の裏金問題に対する自民党自身の動きが,あまりにも酷い.『しんぶん赤旗』の2月11日号が報じているが,自民党の関係議員からは

 還元分があるとはまったく認識していなかった
 担当者が引き出しにしまっていた
 秘書が私に報告しなかった

などなど言い訳ばかりが出てくる.

 裏金とは,手元の PC 内にある国語大辞典(小学館,1988)によれば,

取引などで、こちらの思うように事を運ぶため、表に出さないで、相手に与える金銭。

とある.まさにいま大きな怒りをかっている自民党の裏金問題を言い表している.

 また,統一協会問題に関して教団側と事実上の「政策協定」にあたる推薦確認書に署名したとされる盛山文科相は「記憶にない」を連発している.灘中・灘高・東大の彼の記憶力がこの程度だというのか.
追伸:11日報道では,ようやく事実を認めはじめたようだ.時事通信2021年衆院選での教団側推薦状を受け取ったとされる自身の写真を示され、ようやく事実関係を認めた。

 これがいまの自民党の実態である.まさに自民腐敗党ではないか.

 さて,2月10日の土曜日は定例の 梅田解放区 であった.私は,この日の2時から3時半まで神戸三宮で授業があり,そのあと答案の添削も少しして,三宮で蘭州拉麺を食べる.
 蘭州は,1991年に中国を旅行したとき一度行き,宿から街に出て蘭州拉麺の店に入った.その蘭州拉麺の店が三宮にできてからはよくいく.
 それから阪急電車で大阪へ向かった.それでもまだ少し時間があったので,中津駅で降りて梅田の街宣場所まで20分ほど歩く.
 東梅田のヘップ前にいつものように10数人が集まり,

  政治とカネの問題、自民党の裏金問題を追及しよう!
  裏金議員は、説明責任を果たせ!

と道ゆく人に呼びかける.途中で雨ぎみなったので,向かいの線路の下に移り,続ける.ガード下の様子は たたかうあるみさん が撮してくれている.
 この日は,若者の2人組が声をかけて一緒に声をあげてくれるということが,2回あった.現実の酷さに,若い世代も機会があれば声をあげようとしているのだ.
 こうして梅田の街頭に立つことは,意味あることだ.私はもう6年,欠かさずやってきたが,動けるうちは続けたい.

 さて,この自民党の酷さには深い根がある.
 「分水嶺にある近代日本」で論じたが,内からの力ではなく外圧で始まった日本の近代は,ついにあのアジアへの侵略に至る.
 そして戦後はアメリカに隷属し,内部規律のある主体的な政権となることはなかった.アメリカを背後の支えとする政権による政治の私物化がつねに行われてきた.
これが裏金問題の底にある事実である.

 田中龍作さんは,田中龍作ジャーナルのなかの「 ファシズムはあっと言う間にやってきて、私たちを弾圧する」で,現在の自民党政治のゆきつく先を見通し,また,ツイッターの記事

ファシズムに支配されたら、抜け出すのはほぼ不可能だよ。監視社会になるよ。拷問があるよ。
ミャンマーを見よ。北朝鮮をみよ。中国を見よ。ロシアを見よ。
日本は民主主義国家に留まるのか、独裁国家に転げ落ちるのか。いま分水嶺にあるってことを分かってほしいな。

と書いておられる.

 まさにいま日本は,根の深い分水嶺にある.
 これについても,青空学園だよりでも再三論じてきた.青空学園だよりで「分水嶺」を検索すると36回出てくる.ブログ形式で考えることはやはり意味がある.
 そして,田中さんは「れいわ、UNRWAに義援金『日本政府にはジェノサイドを止める意志はない」を報じる.
 また,れいわは次のように声明を出している.

【声明】政府によるUNRWAへの資金拠出停止への抗議、及びれいわ新選組の寄附について(れいわ新選組 2024年2月3日)
 私は,このれいわの声明や行動を支持する.

 分水嶺にある世を,いかなる立場と方向で生きるのか.それが歴史の問いかけである.一人一人が問われている.

パレスチナに自由を!

 昨日27日の土曜日は定例の 梅田解放区 であった.
 解放区の前に 関西ガザ緊急アクション に参加しようと1時間早く出て,阪急梅田駅で降りて西に歩き,地下鉄四つ橋線西梅田駅から地下鉄に乗り,四ツ橋駅で降りて,午後5時から大阪西区の新町北公園で開催された集会とデモに参加した.
 大勢の人が集まっていた. 京都デモ情報 では400人とある.いつも梅田解放区で会う人や,地元の知り合いなどと出会い,やあやあと声をかけあう.
 大阪でのこの集会は,京都デモ情報で知った.この日は京都でもやっていたのだ.

  
 母語で語るガザ出身の人も登場し,それを横でわかりやすく翻訳してくれる.
 いまこのときもガザではイスラエルによる攻撃が続いている.アラブ人への差別と植民地主義,そして民俗浄化=虐殺,これがイスラエル建国から75年間続いているのだ.
 それに対するパレスチナ人民の闘いが続く.     
 5時40分に新町北公園を出て地下鉄のなんば駅に向けて,横断幕「パレスチナに自由を!」を掲げてデモをはじめる.このデモに参加し,公園から東に向かい御堂筋まできて、そこから南に歩く.
 緑のニライカナイ さんも参加されていて報告をあげておられる.山口恒樹 さんという方も詳しく報告しておられる.

 このような戦争と殺戮が続いていることは,パレスチナイスラエルの間の問題ではない.この地上に生きるものみなの問題なのだ.そのことを道ゆく人にも訴える.

 デモは難波に向かう.その少し手前の地下鉄御堂筋線四ツ橋駅の近くに来たときに私はデモから離れ,それからに下に降り地下鉄に乗って梅田駅にむかう.そこから少し東に歩いて6時頃,夕方5時半から行われていた東梅田での定例の 梅田解放区 に加わる.解放区の方は数人であったが,いつものように横断幕をもつの手伝ってきた.

 さて「阪神淡路大震災から29年」に 市立芦屋高校市芦のことも書いたので,これまで書いたものをいろいろ読みかえし,市芦で検索して出てくるものを読んだ.
 また「次の時代をひらこう」にも書いたが,私がこうして街頭に立つのは24歳の時からだ.京都で2年間,毎週土曜日にベ平連京都の土曜デモに参加していた.鶴見さんや飯沼さんが京都で活動されていた頃だ.
 そして26歳のときに芦屋市 で教員になった。1973年の秋だった.しばらく京都から通い,1974年の春からは兵庫県に住んだ.
 この Wikipedia では「1974年には普通科高校として全国で初めて知的障害者を受け入れるなど『高校全入』を目指す取り組みを行った。」と書いてあるが,中学の「障害生学級」の生徒こそ地元の高校で,という親の願いに応えようと,これを進めたのが私とUさんで,それを教員仲間に訴え,親の会と一緒に市と交渉し.市教委に受け入れを認めさせ,教員の定員を増やすことができた.その加配できてくれたのが Y さんであった.市芦でやってきたことは「芦屋市立芦屋高校(市芦)における障害者解放教育」に書いている.
 13年ここで働き,それからある党派の専従になり,それを数年間やった.
 そして,塾の数学講師になり,高校生に数学を教えながら,近代日本の教育数学を考え直すことをはじめ,それを青空学園にあげてきた.
 やらねばと思ったことをやって,生きてこれたことに感謝している.

阪神淡路大震災から29年

 今日は1995年1月17日の 阪神淡路大震災 から29年である.神戸新聞が「震災29年」としていろいろな記事を集めている.これを読むと本当に痛切な気持ちになる.
 今日の午後は,犬を連れて, 震災記念碑公園 までいってきた.満池谷墓地の南の入口のその東側にあるこの公園には,西宮市で亡くなった人の名を刻んだ犠牲者追悼之碑がある.
 多くの花が置かれていた. 

 満池谷墓地とその周辺のことは8年ほど前に「満池谷墓地」として書いている.


 地震の日のことはよく覚えている.家は大きく揺れたが,西宮市街の北の山の麓を少し南に降りたところで,自宅周辺の建物の被害はほとんどなかった.越木岩神社の巨岩も動かなかった.
 しかし阪急甲陽線の苦楽園口から南の方では,夙川と線路をはさんで反対側の集合住宅が倒壊したり,戸建の家が倒壊したりしていた.
 かつて担任していた 市立芦屋高校 の卒業生が一人,また別の卒業生のお母さんが一人,亡くなった.
 電話は繋がっていて,宇治の妹が電話してきてくれたのも覚えている.また,先日会った義妹夫婦が,道路が使えるようなってから,西播の山崎町与位から車で来てくれたのも覚えている.
 阪急の神戸線もしばらくは不通で,当時教えていた加古川の教室へは,高架道路が倒れている横をバスで三ノ宮まで行ってそこから電車で通った.大阪へ出るときは,西宮北口まで歩いたことも覚えている.

 この29年,日本列島では地震が続いた.そして,元旦の能登半島地震である.
 日本列島はこれだけ地震が起こる.列島に生きるものは,この自然の条件に従う生き方をしなければならない.
 しかし,現実は違う.能登半島では数年前から地震が続いてきたのに,そのための対策がとられていたとは言い難い.「石川県「能登でM8.1」試算を知りながら防災計画は「M7.0」想定 知事は「震災少ない」と企業誘致に熱」というような記事を読むと,それがよくわかる.
 また,日本列島には依然多くの原発がある.志賀原発はちょうど止めているときであったが,今回の地震による被害の全容は明らかにされていない.もし稼働していたらどうなっていたのかも,公にされていない.
 さらに,新潟市内では液状化現象が確認された.柏崎市内も液状化現象が見られた.今回の地震柏崎刈羽原発がどうなっているのかも,公にされていない.
 能登半島原発を作る計画もあった.住民の反対で作られなかったが,もしあれが作られいたらどうなっていたのかと考える.

 今回の地震は,近代日本はこれまでのままでいいのか,と問う.そのように受けとめなければならない.
 考えてみれば,青空学園数学科 は1999年の夏からであるから,阪神・淡路の地震を受けて,書き置くことの大切さを思い,始めたものであったかも知れない.そして,青空学園そのものを考えることも含めて,2003年の秋に「転換期の論考」を始め,それをひきついで,この 青空学園だより を始めた.それから21年近くになる.
 しかしここで考えていることはまだまだ底が浅い.歴史が求めることに応えられていない.それを痛感する.2024年,少しでも前に進めたらと思う.

年初の街から

追伸2:15日朝,越木岩神社しめ縄や祝い箸などをもっていって,焼べてきた.前に「どんど焼き」を書いたのを思い出して読みかえす.あれからもう十年なのだ.

追伸1:14日は,妻の3姉妹が集まるというので,私と同い年の義姉が住んでいる姫路まで行ってきた.「どんど焼き」でも書いてるように,五年前,十年前にも姫路まで行っている.
 姫路駅で降りて,西へ夢前川の近くまで歩く.義姉夫婦の家で,いろいろ話しをしながら昼飯を食べ,それから義妹に車で姫路駅まで送ってもらい,戻ってきた.

 13日は2024年最初の梅田解放区であった.これに参加する.いつものように,横断幕をもって街頭に立ちながら,2024年を思う.
 たたかうあるみさん もさっそく書いてくれている.Swing Masaさんもこの日の若者との出会いを書いてくれている.

  この日の昼には大阪駅前広場で,関西ガザ緊急アクション主催の,ガザの即時停戦を求める集会毎日新聞)があった.私はそれには参加できなかったが,梅田解放区ではそこに参加した人からの報告もあった.

 年頭の,能登半島1月1日地震では,あらためてこの日本列島が地震列島であることを思いしらされた.たまたま志賀原発が1号機,2号機とも定期検査で停止中であった.それで「原発事故そのものは起こらなかった」と志賀原発が表明している.
 しかし,水漏れやその他にどのようなことが起こったのかについて,事実が客観的に公になっているとは言い難い.
 私は,青空学園日本語科の扉

アメリカの核戦略のもと地震列島に原発をいくつも作り、ついに福島原発の核惨事に至る。近代における第二の敗戦であった。

と書いているが,今回のことは,まさにそのことを警告することであった.国内に50基以上もある原発をこのまま稼働し続ければ,いずれどれかで福島に続く新たな核惨事となる.
 今回の能登半島地震は,それを警告している.そうではないだろうか.

 今年,この現状を打破しようとする動きは大きくなる.このときこそ,それにつながりながら,根のある変革を提起し続ける.
 「根をもつこと」と言ってもそれだけでは伝わらない.それが,これまでを省みたうえで思うことである.それをふまえて,根をもつことを一人の人として参加する行動の場からのべてゆきたい.
 そして青空学園日本語科の言葉をもっと工夫すること,日本語の可能性を現実化すること.
 これらが今年の私の課題であり,青空学園としてなすべき課題である.
 街頭に立っていろいろ考えた次第である.

年のはじめ

 もう正月三が日も終わった.昨日からは問題づくりなどの仕事もはじめている.
 元旦は,歩いて20分ほどの所に住んでいる次男一家がやってきて,一緒に 越木岩神社 に初詣に参ってきた.越木岩神社は千年以上つづく古い神社である.
 多くの人が参っていた.20分ほど参道に並び,参る.
 この神社のことはこれまでも何度も書いてきた.青空学園だよりの中で検索してみると,20回以上出てくる.

 それから家に戻り,みんなで雑煮などをいただいた.
 夕方に近い頃,年賀状などを見ているとき,このあたりも少し揺れた.小さく廻っている感じであった.報道で,石川県を中心に大きな地震があったことを知る.
 こうして2024年がはじまった.

 こうしているときも,ガザでの戦争が続いている.
 私の年初の願いを書き置く.
 アラブの人びととイスラエルの人びとは団結して,ガザで果てしない殺りくをつづける現代の帝国主義に対してともに闘おう. 
 アラブの人びととイスラエルの人びとが闘うべき共通の敵は,アラブやイスラエルを支配する排外的な民族主義と世界金融資本主義であり,その背後にある米やソ連帝国主義である.
 アラブの人びととイスラエルの人びとは,全世界の労働者や社会主義運動と団結し,現代の帝国主義ブルジョア民族主義に反対して,ねばりづよく闘いぬこう.
 それはまたわれわれの課題でもある.この闘いがこの日本で少しでも前進する年にしたい.
 アラブやイスラエルの人民と,日本の人民とは手をつながねばならないものどうしなのだ.

 今年もここで考え,書いてゆきたい.

歳末の梅田解放区

 23日の夕方,今年の最後となる 梅田解放区 に参加してきた. 
 いつものように20人ほどが集まり,東梅田の歩道の両側に立って,戦争反対を訴える.そして軍拡を進める岸田政権を倒そうと呼びかける.

 街頭に立っているこのときも,イスラエルによるパレスチナ侵略は続き,多くの子供が殺されている.イスラエルは難民キャンプも空爆し,そのたびに多くの人が殺される.ガザ南部では医療が崩壊し,食糧危機も続く.
 なぜんこんなことになるのか.

 日本政府の2024年度当初予算は,軍事費が過去最大の7兆9496億円となり,前年度から1兆1277億円の増加である.しんぶん赤旗24日号が「主張」で「常軌逸した『戦争準備』予算」といっているのはその通りである.
 政府は22日,「防衛装備移転三原則」も改変した.三原則本体の改定は約10年ぶりである.武器輸出政策を大幅に転換し,ミサイルや弾薬など殺傷能力のある武器輸出の解禁に踏み切った.
 これは明らかに憲法9条に反する.もともとの武器輸出三原則は国会審議を通じて確立された.にもかかわらず,今回の三原則改訂は閣議で,運用指針は国家安全保障会議で決定された.国会での議論はなかった.
 与党だけの閣議で,戦後78年間のあいだ戦争なしでやってきたこの国のあり方が変えられた.武器輸出原則の変更は,バイデン・アメリカ政権の要求であり,その背後にあるのは国際的な軍需産業である.
 そして,イスラエルとそのガザ攻撃の背後にあるのもこの国際軍需産業である.日本の三菱のような大企業もまたこの軍需産業と繋がっている.
 まさに,現代の資本主義がこのような政治的,社会的危機を生み出している.

 ここ梅田で,6年にわたって戦争反対を呼びかけながら,戦争拡大の流れを止めることはできなかった.戦争が拡大するなかで,ますます日本は,アメリカとその背後にある国際軍需産業に隷属する国になってしまった.
 「イラク戦争反対! 叡智を集めてアメリカ問題からの活路を見いだそう」を書いてから20年である.この間,戦争は逆に世界に拡がった.何ということだ.
 それでも,この中にあってこそ,戦争反対! を叫び続けなければならない.
 道ゆく人びとを眺めながら,それを思う.

 23日の午後,私は参加できなかったが,夢洲カジノを止める大阪府民の会 が主催する「万博中止!カジノはいらん!御堂筋 1000 人パレード」もあった.これについては,緑のニライカナイ さんも詳しく伝えてくれている.
 そして,たとえ維新政治が万博を強行しても,それがどのような形で現実化するかはまだ分からないが,必ず失敗する.
 イスラエルのガザ侵略,日本における万博やカジノ,いずれの背後にも国際的な金融資本がある.これが今日の資本主義そのものである.資本主義を根底から変えないかぎり,戦争は終わらない.カジノによる収奪も終わらない.

 さて,もう年末だ.地元では,27日,28日の夜は町内を「戸締まり用心! 火の用心!」と拍子木を打ちながらまわる.
 このような地域の年中行事はこれからも続けたい.戦争の時代になって,よけいにそれを思う.
 2023年はこうして終わる.2024年は,歴史の転換が具体化し現実化する.この時代こそ,行動しなかればならない.それが問われる.
 ともあれ,みなさんよいお年をおむかえください!