時代の胎動(続)

この一週間は計算ばかりしていた.『射影幾何』-「ポンスレの定理」-「線型代数による証明」で紹介したが,『解析幾何学(円錐曲線)』(サーモン著,小倉金之助訳)の610頁にある脚注で,著者サーモンは,ケーリーが「二つの円錐曲線で,一方に外接し他方に内接するn角形が存在するための条件」を楕円積分を用いて証明したと,述べている.そのケーリーの論文を読み解いている途中である.Philosophical Magazine,VI (1853) の中のこの論文はネットで手に入る.なんとケーリーは多産なことか.これは第115論文である.それでも読みにくいので,結局これが収録されている 「The collected mathematical papers of Arthur Cayley.Vol. 2」と,同じケーリーの楕円関数の本「An Elementary Treatise on Elliptic Functions」を注文した.
ケーリーが楕円積分の方法を用いて得た結果を,掲示板でも紹介されていたが硲文夫(はざまふみお)著の『代数幾何学』(森北出版,初版1999年,POD版2005年)にある楕円曲線の方法から代数的に導けないか,これがこちらのたてた問題なのだが,それをずっと考えている.いろんな例でも計算しているが,まだまだ当分かかりそうである.サーモンの解析幾何の本などはいま読んでいて楽しい.ケーリーの論文も行間を計算して埋めながら読むのは面白い.この時代の幾何学が歴史のなかで忘れられるのはあまりに惜しい.それで少しでも再構成できるところはやっておきたいと考えている.
この間,現世ではいろいろなことが起こっている.2012年は,昨年辛卯の年にはじまった時代の激動が,さらに深まる年と考えてきたが,まさにそのように,フランスの大統領選挙では欧州政府債務危機処理を主導した一人であるサルコジ仏大統領が落選,ギリシアの議会選挙では緊縮経済政策を主導した連立与党が惨敗,再び時代の胎動を示した.
フランスで再選をめざした現職大統領が大統領選に敗北したのは,1981年にジスカールデスタン大統領がミッテランに敗北して以来31年ぶり.ミッテランの弟子筋にあたるオランドが勝利し,社会党は1995年に退任したミッテラン大統領以来,17年ぶりに政権を奪還した.ギリシャでは,経済緊縮政策を主導してきたこれまで第一党の全ギリシャ社会主義運動が第三党に後退,逆に急進左派連合が第二党に躍進した.しかしいずれも政府を組織する力がなく,また各党派に妥協の余地も少なく連立政権は不可能.再選挙の可能性が高い.その場合さらに急進左派が伸びるだろうと言われてている.
欧州は再び混迷と混乱の時代が不可避である.金融危機を庶民・民衆への収奪で乗り切ろうとする金融資本とそれを受け入れた自国政権への人々の怒り,その直接行動が今回の選挙結果を生みだした.欧州は十五世紀の奴隷貿易以来,アジア・アフリカを植民地支配し,その利益をもって近代文明を築いてきた.1960年代に多くの旧植民地が独立し,近代文明の経済的基盤がなくなったのに,これまでの政治・経済・文化の力で何とか繁栄を継続させてきた.しかしそれももう無理がきかなくなった.欧州はこれまでのような他者を収奪することで繁栄するところから,それとは異なる段階に進まなければならない.その政治体制ができるまで,混迷と混乱は続く.
しかし欧州政府債務危機は本来欧州の危機ではない.本当の問題はリーマンショックで顕在化したドルの危機である.国際的な金融資本は,このドルの危機を欧州からのさらなる収奪で切り抜けようとした.格付け会社などというのはアメリカにあり,ドルの総本山の中にあるものだ.そのアメリカからの報告「肥田美佐子のNYリポート」や「「ウォール・ストリート占拠」から「自宅占拠」運動へ」などを読むと,占拠運動が新たな発展を遂げていることがわかる.「NYリポート」にある青年の言葉と行動など,ほんとうに心を動かされる.
日本では,小沢氏に対する控訴があった.これについてはいろいろなところで論じられている.そもそも,最高裁(=検察審査会事務局)が、「架空議決」という信じられない手を使って小沢起訴をした,という一市民さんの報告が本当なのだと思う.今の日本は,1789年フランス革命で倒された旧体制(アンシャンレジーム)や1911年辛亥革命で倒れた清朝などの末期と同じ段階にあるように思われる.官僚制の無能と腐敗に対する人々の怒り,この力がどんどん蓄積されている.
強欲な資本主義とその政治に抵抗して人間原理を現実にしてゆく時代,これが現代である.それがどのような政治過程を経るのか.フランス革命辛亥革命ロシア革命などのように別の政治体制をうち立てるということなのか,そうではなく,まったく異なる原理による政治の実現なのか.まだ見えない.可能なかぎり現場に身をおいて考えたい.写真はいずれもバラ.西洋起源のバラ,東洋起源のバラ,毎朝の散歩コースにはこの他にもまだいくつか咲いている.