核汚染の責任

 元外交官で駐スイス大使でもあった村田光平氏が9月5日付で野田首相にあて書簡を送り、それが公表されている.村田公平氏のサイトにある.まずはよく読んでほしい.このサイトは読むべきものが多く,できれば時間をかけて読んでほしいと思う.村田氏は今年3月にも参院予算委公聴会で,使用済み核燃料プールがムキ出しになっている福島第1原発4号機の危機的状況を指摘しておられた.村田氏の人となりは,2011年6月8日の中日新聞市民の直感重視を 浜岡停止署名運動・村田元大使」に詳しい.     
 上記サイトを読み込むと,99年当時,村田氏は駐スイス大使であったが,スイスの環境政策脱原発)を評価した文書を日本人社会に配布.当時の閣僚の一人が閣僚懇談会で「駐欧州の大使が政府の原子力政策に反対する文書を持ち歩いている」と批判.上司から注意をうけた.外交官を辞め,その後,2004年浜岡原発の停止を求める署名運動の呼びかけ人になられたことがわかる.信念を曲げず,その結果外交官を辞めることになったのだ.
 東電核惨事が日本列島のみならず地球に対していかに過酷な惨事であるかは,時間とともにますます明らかになる.地震列島にありながら原発を作り,福島第一の事故後も情報を隠し,核汚染を世界にまき散らしながら根本的な対策をとらない日本政治の無責任は,旧体制・原子力村の無責任そのものである.村田氏が警告されたように,大きな余震が引き金となって燃料プールが崩壊し,1533本の燃料棒が大気中で燃えだした場合,果てしない放射能が放出される.東京に人は住めなくなる.それは「世界の究極の破局の始まりだ」.しかしこのような無策をいつまでも許してるわれわれにも大きな責任がある.
 村田氏は書簡の中で「原発は倫理と責任の欠如に深く結びついたものであるとの認識が、急速に国際に広がりつつあります。福島事故以後も原発推進体制が改められることなく、原発輸出、再稼働などにより不道徳の烙印を押されたも同然の日本の名誉は大きく傷つけられております。」と語り,さらに「貴総理がこの際、強力な指導力を発揮され、広島、長崎、そして福島を経験した日本として当然打ち出すべきものと世界から期待されている脱原発政策の確立を実現され、日本の名誉を挽回されるよう心からお願い申しあげます。」と語る.これは原子力村の忠実なしもべである野田首相に対する痛烈な批判である.もっとも野田氏は自分への批判として受けとめることすらできないだろう.
 私は村田氏の書簡の言葉を,原子力村をこれ以上存続させることは人間と地球に対する冒涜であり,日本列島弧に住むのものの責任において原子力村を解体し,旧体制を終わらせ,人類の叡智を集めてこの惨事に対処する体制を生みださなければならないという,日本列島の人間一人一人に対する問題提起として受けとめた.われわれは広島・長崎・福島の惨事を経験した.その教訓をふまえ,人類に対する責任を果たさなければならない.一々の事例は挙げないが,旧体制・原子力村の無責任とそこにいるものの人間性の崩壊が露わになるなかで,それを放置することは,われわれ自身が今も核汚染をまき散らし続けることであり,それは人間と地球に対する加害者であり続けることなのだ.
 追伸:夜戻ってニュースを確認する.内閣は「原子力規制委員会」を9月19日に発足させることを閣議決定した.その日のテント村の様子は田中龍作ジャーナル「『原子力規制委員会発足』閣議決定の日、経産省包囲」に詳しい.今ほど日本という国の形が露わになったときはない.一方に,原子力村とそれを取り囲む旧体制.それは,経団連のような独占的な大企業群を土台に,官僚をその実働部隊として政治家を操り,御用学者とマスコミを国民の宣伝洗脳機関に持ち,司法・警察・軍隊を支配のための暴力装置とする.三権分立も民主主義も投げ捨て,むき出しの力で「原子力規制委員会」を発足させる.その一方に,この政治の下で苦しみ,ようやくに声をあげはじめた多くの人々がいる.この対立は,かつて「総中流」等といわれたころのように融和されることはもはやない.旧体制にその余裕はない.人々の認識もまた,原子力村を存続させることは人間への冒涜だというところまで深まる.妥協はない.対立はますます激しくなる.しかしこれは避けがたく,また歴史の段階として必要だ.そして大義は人々の側にある.多くの試行錯誤を重ねながら,大義にもとづく力は必ずまとまり組織されてゆく.一人一人がなし得ることをなし得るところまでおこないたいものだ.