ポンスレの定理

ポンスレの定理というたいへん面白く不思議な定理がある.右上図のように,二つの円を適当に描いて,外の円周上の点から始めて,内の円に接線を引く.もういちど外の円に交わった点からまた接線を引く.これを繰りかえしてゆくと,多くの場合いつまでも続いてゆく.ところが二円の半径と位置関係をうまくとると,右中図のように, もとの点に戻ってくる.図は三回で戻っているが,右下図は楕円で描いたが,四回で戻ることもある.
ここで不思議なことが起こる.一つこのように外の円に内接し,内の円に外接する三角形や四角形が描けると,他の点から描き始めてもまた同じ回数でもとに戻ってくる.これは下図のように楕円でも成り立つし,任意の二次曲線で成り立つ.二つの二次曲線がある.一方のある点から始めて順次この操作をおこなう.そしてその二次曲線に内接し,もう一つの二次曲線に外接するn角形が一つ出来たら,最初の点を他の点から始めてもやはりn回で元に戻る.これが「古典幾何で最も重要でまた最も美しい」(グリヒス)といわれるポンスレの定理である.
ポンスレ(1788〜1867)はフランス革命後のフランスの人である.ナポレオンの時代に工兵将校としてロシアに遠征し,傷ついて捕虜となり,サラトワの収容所で過ごした.あまりに暇なので,昔習ったことを思い起こし,教科書も何もないところから記憶を頼りに幾何学の勉強を始めた.そして,独力で図形の射影的な性質を研究し,射影幾何の豊かな内容を明らかにした.その中でこの定理を発見した.
ポンスレの定理は,そのごく一部が1990年頃よく入試問題にも出た.それを少し一般化したりして,高校範囲の数学をもとにして理解できるところまでは『ポンスレの定理』にすべて書いてある.これを書いた頃はこちらもまだあまり勉強していなくて,ひたすら計算していた.しかし計算でいろいろ導けること自体はなかなか面白かった.それからパスカルの定理など幾何の定理をいろいろ掘り下げて『数学対話』に書いたので,その土台にある射影幾何をもう一度再構成しておこうとはじめたのが『パスカルの定理と幾何学の精神』だった.ポンスレの定理の証明は六通りここに載せている.
ポンスレの定理は「n角形が一つあればいくらでもある」という形をしている.では二つの二次曲線がどのような条件を満たすときにn角形が出来るのか,という問題が生じる.これを解いたのがケーリーだった.数学Cではケーリー・ハミルトンの定理で名前は出てくる.19世紀後半のビクトリア女王時代のイギリスの人である.その論文はネットでも手に入るが,彼は結論だけ書いて証明していない.本人はしたつもりかも知れないし,当たり前だったのかも知れないが,われわれには証明なしで結果だけ書いているように見える.その証明をやってみようと論文を読み考えたが,なかなか分からない.
思いあまってある先生にメールをしたら,その現代的な証明をグリヒスがやっていることを教えられ,論文とそれを書いた本を紹介された.手に入れ,高校生が分からないときもこんな気分だろうなと思いながら,8月9月と勉強した.明け方目が覚めると頭の中で,あそこはどうやるのだったかとか,要するにこういうことだろうかとか,考えている.分かったつもりで寝て,明け方まだ曖昧なところがあることに気づく.寝ている間に考えているのだ.そして,昨日ようやくとりあえず一般の位置にある場合について,すべて再構成できた.もちろんこの先いろいろ関連した問題が広がっているのだが,それはもう一つの本が来たらあわせてまたやろうと思う.ということでHTMLファイルとPDFファイルを更新した.命題が120,定理が15ある.関連論文や本もそこに書いておいた.理解するには楕円曲線の古典理論を勉強していないといけないが,これから勉強しようという人の参考にはなるだろう.
追伸:ここまで書いて授業に行って戻るとイギリスから『Poncelet Porisms and Beyond』(Frontiers in Mathematics) Vladimir Dragovic, Milena Radnovicが来ていた.見ると,もう一つの証明ということでグリヒスの証明が載っている.ということはあるいはもっとケーリーの元の証明に近いものが書かれているのかも知れない.ということで読む本は絶えない.