関電前金曜行動にて

梅雨の中晴れという言葉があるが,今年の梅雨は雨も降らない.五月晴れでもなく夏でもない,梅雨時期の快晴の今日,隔週の大阪関電前金曜行動の日.こちらも,すっかり頭の中に組み込まれた日常の仕事になってしまった.机仕事に一区切りをつけ,出かけた.日はまだ明るい.大阪湾から吹く風そのものは心地よい.今日もまた200人近くの人が集まっていた.この人々の思い,これはほんとうに力である.私は8時半から地元で用事があったので少しはやく引き上げたが,いつものように,関電前で声をあわせてきた.最初の写真のように,今日は福島で農業をやっている人らも来られていた.
この数日,株価の下落が止まらない.大手の新聞もテレビも,株価が下げはじめたころ,それを「先行き不安」という投資家の心理の問題にしていた.さすがにこの二,三日はそれは減ってきたが,今日も「円高を嫌気した売りが勝る」である.「嫌気」とは気の持ちようという意味である.気の持ちようで株価は下がったり上がったりするというのが,大手新聞やテレビなどの基調である.しかし本当にそうなのか.投資家の心理で株価が上下するのか.
そうではない.株価が下がるのはなぜか.根本には新自由主義資本主義の下,経済格差は広がり続け,購買力は弱まり続ける.だからデフレになる.この問題を解決せず,一方で格差を広げる政策をとり続けながら,その一方で,円を刷り続ける.こうすれば,当然一旦は株に金が流れても,結局は円の貨幣価値が下落し,円経済への信用は失墜する.これでは,どのような経済モデルを採ろうとも,結果として株価は下がる.つまり,株が下がるのは,投資家の心理の故ではなく,経済法則の真理の故である.
アベノミクスがこんなに早く破綻しはじめるとは,こちらの考えていたよりも急である.また,アメリカの株価も下落を続けている.経済の法則は厳格である.購買力を減じながら紙幣を印刷し続けるのが,日米の経済政策である.実際のところ,新自由主義にはもはやそれしかないのだ.そしてそれは崩壊への道である.歴史は,日本とアメリカの旧体制が心中する方向に,一気に進んでいる.
こんなときこそ,焦らずあわてず油断せず,でいくしかない.歴史は,いかに紆余曲折を経ても,その段階において,到達すべき所に必ず到達する.現代についていえば,経済から人間への転換は不可避であり,人間原理が息づき,いのちと言葉が輝きをとりもどす,そのときは必ず来る.これは私の革命的楽観主義である.関電前で声をあわせていると,この楽観主義も,決して独りよがりの強がりではないと納得する.