螢と猪と紫陽花

 この時節になると,日本列島弧の生物多様性を思う.ここは六甲山系の東の端,甲山をはじめとする低い山つらなる,その麓の丘陵地帯である.縄文,弥生の時代から人間が生活してきた.芦屋川,夙川,仁川といくつかの川が流れ出ている.夙川は短い川で,南北に流れ瀬戸内海にそそいでいる.昨夜は家にいたので,夙川上流まで15分歩いて螢を探しに行った.夙川の螢はいったんはいなくなったのだが,この数年,ようやく少しずつ戻ってきている.とはいえ昨夜はようやく一匹をつかまえ記念撮影をして放しただけであった.写真は腕のうえを歩く螢.
 螢は本来こんな数ではない.幼い頃の宇治川べりの草むらにはいくらでもいたし,彼女の里の千種川上流,もう30年ほど前だろうか,6月に訪れると10センチ四方に一匹というくらいにいた.それが螢だった.今はどうなっているだろうか.
 この夙川も,本当に川が汚れた.30年前,この川の近くに越してきたとき,川はまだきれいで,タイコウチや縞ゲンゴロウ,ミズスマシがいた.自分の小さいころ宇治川の思い出とも重なって,休みのたびに夙川に行っていた.それがさらに上流に集合住宅ができたころ,その工事のころから,一気に川が汚れた.川藻がほとんどなくなり,タイコウチが産卵するところもなくなった.今は,トンボの幼虫のヤゴ,川魚,アメンボくらいしかいない.2007年にヒメタイコウチを見つけた.そこは水田であったが間もなく宅地になった.ヒメタイコウチが逃げ出てきたのだ絶滅危惧種である.道路を歩いていた亀を川にかえしたこともある.
 日本列島弧の生物多様性は貴重である.温帯モンスーンの気候は,本当に多くの植物や動物を育んできた.数年前,南フランスを旅行したが,地中海性気候というのは乾燥していて,生物の種類もはるかに少ない.プロバンスの夏にセミは一種類だった.植物も,種類が少ない.コケ類はほとんどない.よけいに,日本列島弧の多様性を再認識した.これを失うわけにはいかない.
 こんなことを考えていつもの朝の散歩.行き交った人が,向こうに猪がいるよと教えてくれた.いつも独特の糞が落ちているので,来ていることは知っていたが,このあたりで出会うのは初めてだ.犬を連れて,猪の親子連れと正面から遭遇するとややこしいので,警戒しながら歩いてゆく.道横の土手の植え込みにいた.下の道を足早に過ぎて,少し離れて見ていた.親とうり坊という子猪が三,四匹いる.猪たちはもうすこし上流の山麓に住んでいて,こうしてエサをあさりにやってくる.写真は公園の横を山に戻っていゆく親子.
 猪はわりとよく見る.家の向かいに残る竹藪でも見かけたが,人間世界にそれなりに溶け込んでいる.この日本列島弧では,これまでの長い時間,猪,鹿,イタチ,タヌキ,キツネ,蛇たち,守宮にトカゲ,多くの生物が人間と共存してきた.それはそれは大切なことだった.
 しかし,戦後60年の時間に私たちは本当に多くの生きものを失った.さらに,原発事故で,重ねて本当に多くを失った.この時代にこんなに多くの生きものを失って,許されるのか,いろいろ考えさせられる.
 下の写真は,近所の紫陽花たち.日本原種のガクアジサイをはじめとする紫陽花もまた,温帯モンスーンの花である.この川べりの夙川公園は桜と紫陽花が多様である.