『経済ジェノサイド』を読む

昨日は前回から6週間目の病院検診日.もう退院してから5回め、はやいものである.病院での5週間は長かったが,娑婆の6週間はすぐである.阪急電車の最寄り駅から歩いて病院の近くに行くと,入院のときのことが思い出されて懐かしい.そして採決とレントゲン.それから診断.血液検査は1,2の指標に標準超えがあったが,おおむね順調.ということで,今日からステロイドは半錠を隔日に飲む.ステロイドを減す過程の最終段階である.
この2月に,研究集会「教育数学の一側面−高等教育における数学の規格とは-」で少しばかり話をした.そのときのことは「言葉と数学は人間の条件」に書いた.そこでの討議を踏まえた報告書である講究録がようやくできた.6月末締め切りなのでもう少し校正して出すつもりである.書いているといろいろ書き足したくなり,A4で16ページになった,高校生に数学を教えてきた40年のまとめと今後への提案となった.自分でふりかえりながら,結局はそれぞれの時代と所で出会った生徒諸君に励まされて今日までやってきたのだということをつくづくと再確認した次第である.
さて中山智香子氏の『経済ジェノサイド』(平凡社新書 666)を読む.まだ十分には読みこめていなくて内容にはそんなに触れられないが,「フリードマンと世界経済の半世紀」と副題のついた本書は,いわゆる新自由主義「経済学」を相対化し,批判するものである.『週間金曜日』992号39ページで著者が言っている.

経済学のもう一つの問題は,経済領域の自立を前提に,政治や環境の問題を所与ととらえることです.結果的にはそうした経済学の論理が政治や環境をだめにしてしまっていることに,経済学者たちは無邪気なまでに無自覚な場合が多いのです.この本では,その一端を示すことができればと試みました.

また本書の帯には

経済学上の流派の対立を扱うのではなく,もっと根本的に「経済」と呼ばれる領域を相対化し,「経済」の大義名分のもとで見えなくさせられてきたものを見直すことを課題としている.

とある.本書の題名にある「ジェノサイド」とは,人種,民族,国家,宗教集団などの構成員に対する皆殺しのことを言う.本書は,経済的方法で富の収奪を行い,国民国家を崩壊させる行為を「経済ジェノサイド」と定義し,誰がどのように始め,どのような事例があるかを紹介している.経済ジェノサイドは,ある国家に対して,金融資本家が経済学とその学者を使い,国家資産を資本の側に移動させることでなされる.国際金融資本は,アメリカという国家に対してこれを行い,1%に富が集中,99%のアメリカ国民はのっぴきならない苦境に立っている.これを日本で行おうという手段がTTPである.その手先が竹中平蔵のような新自由主義学者である.
この一連の経済的収奪を思想的に支えるのが新自由主義経済学である.著者の意図は,経済を第一とする思想を支える経済学,これを批判することである.実際,既存の経済学は,人間を所与の条件とすることにより,経済を人間より上位に置く.まさにこれが人間を資源とする見方である.人間を資源と見ることは,既存の経済学の本質である.その学の在り方に対する批判,これが本書である.
実は,このようなことはかつても行われた.産業革命の後,産業資本主義のもとにあるイギリスの各都市の労働者の現実からはじめて『資本論』を書いたマルクスである.『資本論』は何より,アダムスミスの『国富論』のように資本主義を支える経済学に対する「経済学批判」であった.しかしこの時代の資本主義には,まだまだ広大な周辺があった.資本主義は周辺部を収奪して大きくなり続け,マルクス主義を基本思想として成立したソビエト連邦さえもついには解体し,世界を一つの市場に統合した.マルクス資本論はやはり歴史的な制約による,一国内の資本主義の批判という限界があった.資本は,国境とそして『資本論』を乗り越え,地球大に拡大した.
しかしそれは,もはや収奪する周辺はないという段階にいたったことを意味する.それは資本主義の勝利ではなく,資本主義の終焉の始まりであった.それについては「資本主義の終焉」に書いた.その第一段階が,2008年の経済危機である.これからも必然的にこのような危機はくりかえされる.資本主義の内部からこれを乗り越えることはできない.資本主義を相対化しなければならない.相対化しうる人間の誕生.これが不可避であり,歴史の要求である.経済が第一の時代から,人間が第一の時代への大きな大きな転換.これが現代の基調であり,この書もまたこの時代の産物である.
原発再稼働は経済第一でゆくしかない資本の要求である.これに対して,目先の経済より大切なものがある.それが人間だ.それを第一とするかぎり再稼働は許されない.これが,再稼働に反対するデモの参加者の思い出あり,また先日の福井地裁の判決の骨子である.実はこの本の著者である中山さんも東京の金曜デモの一人である.後書きにあるように.この書の執筆中も

金曜の晩になると鳴り物や手製の看板をもって首相官邸前に行き,きっちり二時間叫んだ後に帰宅してはまた書いた.

という調子であったらしい.彼女もまたわれわれと同時代の人であり,この書もまたこの転換期の産物である.