明けましておめでとうございます

 年末年始は,家族がそろい,こちらは孫の守りをしたのか,それともこちらが遊んでもらったのかわからないというところであった.わが家の雑煮は京風白味噌とかしら芋.元旦,それをいただき地元の神社に初参り.そして昼過ぎそれぞれ戻っていった.今日からはいつもの生活になった.
 2010年に幼い頃の晦日から正月三が日を思いおこして「正月の記憶」を書いた.少し詳しく「四季と祭り」にも書いているが,正月行事はいまも懐かしい.が,正月の形も変化してゆく.獅子舞が家々をまわるということはどれくらいあるのだろう.あるいは灯明をともすような神棚もどれくらいあるのだろう.しかし形は変わっていても,それぞれの形の中で,今年を考えるということはかわらない.中国や台湾,そして沖縄では,農作と一体であった旧暦がいまも重んじられている.われわれは旧暦を捨てて西洋化したのだが,それで失ったものも多い.それでもやはり農作にまつわる区切りの行事の記憶は,なかなか消えないし,むしろもっと思い起こして伝えてゆきたい.
 昨年「沖縄の伝統行事・芸能を歩く」という本を読んだ.私が懐かしいという思い出として心のなかにあることが,沖縄ではいまの現実の生きた行事としてなされていることに感銘を受けた.この出版社のサイトの最初の頁や,伝統芸能紹介の頁を読むと,いろいろ考えさせられる.昨年の知事選やその後の衆院選で政治的な力にまとまってきた沖縄(奄美列島,琉球列島,先島諸島)では,かつての標準語化運動の反省を踏まえて,琉球諸島の言葉を伝えてゆこうという取り組みがこの十年ほど深まってきた.この沖縄の現在は,日本本土のひたすら西洋化してきたこの近代百年を,裏から照らし出すものだ.もっと勉強したいし,深く識りたいし,そのうえで,国破れて山河なしのところからやりなおす,その土台を,自分なりにもう少し考えたい.
 さて,高校三年生の皆さんは,センター試験から二次試験と,この間の努力を発揮するときだ.不十分かも知れないがとにかくできるだけのことはやってきた.この確信がもてるように,残る時間を大切に使おう.いつもいうのだが,あせらず,あわてず,油断せず,これを試験の前に三回心の中で唱える.冷静になって実力が十割発揮できる.進路に迷ったら,客観的に自分の力を見ながら,しかしまた困難から逃げもせず,目標に立ちむかう心づもりで決断しよう.人生一般にいえる真理であるが,もし自分の前に二つの道があるなら,困難な方を選べ.こうして,自分の前の壁を努力して乗り越えてゆくという経験を積んでもらいたい.皆さんの健闘を祈ります.
 私の方は二月から新たにはじめる授業のテキストづくりや,模試問題,添削問題の作成などがたまっている.明日から授業も始まる.動けることをありがたく思いながら,そういうことをしている人間として,可能なかぎり,人々の闘いの場に出てゆき,声をあわせ,力をあわせてゆきたいと考えている.写真は新年の雑煮と地元の越木岩神社拝殿とそしてその内部.結構古い絵が掛かっている.