翁長・管会談、翁長冒頭発言全文

 今日は関電前行動の日.朝から雨だが,こちらは雨合羽で行くつもりだった.だが,主催者の方で中止を決められた.それは仕方がない.参加するつもりであったことだけをここに書いておこう.今朝,それやこれらを確認していると,日本一新の会メールマガジンで,先日の翁長沖縄県知事と管官房長官の会談の録音起こしが流れてきた.読むと大変深いところからの沖縄の見解が述べられている.後でそれを紹介する.文責は日本一新の会事務局.その文章の改行をこちらで少し追い込んである.
 翁長知事が移設反対 を貫くのは,保守の立場でやってきた知事であるだけに,よけいに切々たる思いがあるのだろう.明確に基地に反対することを述べられている.「日本の国の政治の堕落」と翁長知事が言われるのは,まったくその通りである.これを読むと,翁長知事の横綱相撲であり,日本政府や安倍内閣,そしてその代官として沖縄にやってきた管官房長官の,政治的,人間的な負けは,明らかである.
 前から言っているが,近代日本で人間の立ち位置を考える座標軸は,一方で確かに右派か左派かがあるのだが,他方で,近代主義か愛郷主義かがある.そして愛郷主義は,草の根主義であり,土着主義であるのだが,これこそほんとうの意味でのパトリオティズムである.近代日本では,左右の軸よりもより本質的である.左派の中では,私は,沖縄が生んだ日本共産党の創設者である徳田球一を愛郷主義を土台とする共産主義者として,心から尊敬してきた.宮本顕治や志賀義雄のような近代主義者,それは今の志位共産党につながるのだが,彼らは結局は日本の人民運動を分断する役割を果たしてきた.その一方で,しかしながら,愛郷主義を土台とする世の変革の運動は,この百年,まだまだ力が小さく,なすべき事をなしえてこなかった.それはまた私自身の課題として残されたままである.
 翁長知事は,その意味でまさに保守の側の愛郷主義の人である.この愛郷主義の立場に立てば,原発の再稼働もあり得ない.再稼働反対−TPP反対−年金資金で株価を支えることに反対−規制緩和反対−沖縄のそして全国の米軍基地撤去−日米合同委員会反対−憲法改変反対.安倍政府の政策は,売国のエセ右翼政策ばかりである.これに反対する.売国,誰に売るのだ.それはアメリカの産軍複合体であり,その経済部門の国際金融同盟である.彼らは,かつてソ連がアフガンに侵攻したときタリバンを作り,ソ連撤退後はそれを「イスラム原理主義」と名づけられた運動に残し,世界に紛争の種を蒔き残した.それがいわゆるISにつながってる.戦争がなくなれば儲けられない勢力が,いまもまだ大きな力をもっており,安倍政権はそこに日本を売ることで,政権を維持しようとしている.
 世界はこの八百年間,経済第一の時代が続いた.十字軍に始まり,奴隷貿易と植民地支配と続き,それらをとおした西洋による非西洋収奪の八百年であった.産軍複合体と国際金融同盟はその最後の段階である.実際,世界はやはり大きく動きつつある.中国が呼びかけた新しいアジアインフラ投資銀行(AIIB)に,東南アジア諸国連合ASEAN)加盟国はもとよりイギリスもドイツもフランスも参加を表明した.フィリピンはTPPからぬけAIIBの方に軸足を移すことを表明した.あのイスラエルでさえも,ぎりぎりに参加を表明した.ところが,アメリカと日本は未参加である.この二国が歴史に取り残され,衰退することはまちがいない.経済を第一とする時代が,人間原理を第一とする時代へ大きく変わりつつあるのだ.もちろん,中国の現政権やロシアの政権が,そのような方向をほんとうにもっているのか,あるいは経済第一の範囲の中で,その主導権を握り,アメリカの好きなようにはさせないと言うことなのか,それは開かれた問題である.
 この時代の変動の土台に,人間の尊厳を基軸として人間原理にもとづく世のありかを求める人々のうねりがあることはまちがいない.人間とは,このような時代の課題の中で,身近なところからいささかでも何かの役割を果たそうとするものなのだろう.私の愛郷主義は,資本家の手先となった売国のエセ右翼諸君には思いもよらないことだろう.また,近代主義的左翼の皆さんも理解できないかも知れない.しかし,はるか以前から今日に続く里のことわりを,自覚して今日に生かす.この立場がなければ,時代を転換することなど不可能である.愛郷主義にもとづく世の変革運動,この力がどこまで大きくなるのか,それが世を新しく組み直してゆく力を持てるのか,それが歴史の課題である.このような立場での社会変革は,かつての社会主義とはまったく異なる.おそらく,経済そのものは資本制のままで,人間が資本を使いこなすというふうに,経済に対する人間の能動性が組織化されるものになる.金曜行動が中止になったので,その時間を割いてこれを書いた次第である.写真は射干(シャガ)の花.むかし小学校の裏手の竹藪の端の日だまりに射干が咲いていた.それをじっと見ていた自分を,今も思い出す.
  翁長・管会談、翁長冒頭発言全文
 お忙しい中、時間を割いていただき、意見交換の場をつくっていただいたことに感謝を申し上げたい。官房長官からも話があったが、沖縄は全国の面積のたった0・6%に74%の米軍専用施設が置かれている。まさしく戦後70年間、日本の安全保障を支えてきた自負もあり、無念さもある。今、官房長官からそういったことに対して大変理解のある言葉をもらった。そうであるならば、去年の暮れ、あるいはことしの初め、どんなに忙しかったかは分からないが、こういった形で話をする中で「物事を粛々と進める」ということがあったら、県民の理解ももう少し深くなったと思う。
 私は日米安保体制が重要だというのは、私の政治の経歴からいっても十二分に理解している。しかし、日本の安全保障を国民全体で負担するという気構えがなければ、今、尖閣の話もあったが、たった1県のこの沖縄県に多くの米軍施設を負担させて日本の国を守るんだと言ってもよその国から見るとその覚悟のほどがどうだろうかと思う。日本国民全体で負担する中で、日本の安全保障や日米安保体制、日米同盟をしっかりやってほしいというのが私の気持ちだ。
 オスプレイなどが本土で訓練する話もあったが、残念ながらいわゆる基幹基地を本土に持って行くという話がないから、訓練をしていずれ全て沖縄に戻ってくるのではないかという危惧は、今日までの70年間の歴史からすると、十二分に感じられることだ。不安がある。そして、どんなに言っても米軍の運用に自分たちは口を挟めないんだという形で物事が終わってしまう。環境問題もさることながら、日米地位協定の改定も抜本的な意味合いでやってもらわないと。沖縄の危惧は、今の日米地位協定の中では解決しにくいと思っている。
 今日まで沖縄県が自ら基地は提供したことはないということを強調しておきたい。普天間飛行場もそれ以外の取り沙汰される飛行場も基地も全部、戦争が終わって県民が収容所に入れられている間に、県民がいる所は銃剣とブルドーザーで、普天間飛行場も含め基地に変わった。私たちの思いとは全く別に全て強制接収された。自ら奪っておいて、県民に大変な苦しみを今日まで与えて、そして今や世界一危険になったから、普天間は危険だから大変だというような話になって、その危険性の除去のために「沖縄が負担しろ」と。「お前たち、代替案を持ってるのか」と。「日本の安全保障はどう考えているんだ」と。「沖縄県のことも考えているのか」と。こういった話がされること自体が日本の国の政治の堕落ではないかと思う。
 日本の国の品格という意味でも、世界から見ても、おかしいのではないかと思う。この70年間という期間の中で、基地の解決に向けてどれぐらい頑張ってこられたかということの検証を含め、そのスピードから言うと先にはどうなるのか。これもなかなか見えてこないと思う。一昨年、サンフランシスコ講和条約の発効の時にお祝いの式典があった。日本の独立を祝うんだという、若者に夢と希望を与えるんだという話があったが、沖縄にとっては、あれは日本と切り離された悲しい日だ。そういった思いがある中、あの万歳三唱を聞くと、沖縄に対する思いはないのではないかと率直に思う。
27年間、サンフランシスコ講和条約で日本の独立と引き換えに米軍の軍政下に差し出されて。そして、その27年の間に日本は高度経済成長を謳歌した。その間、私たちは米軍との過酷な自治権獲得運動をやってきた。想像を絶するようなものだった。官房長官と私は法政大学で一緒だが、私は22歳までパスポートを持ってドルで送金受けて日本に通った。そういったものなどを思い浮かべると、あの27年間、沖縄が支えたものは何だったのかなと思い出される。
 そして、官房長官が「粛々」という言葉を何回も使う。僕からすると、埋め立て工事に関して問答無用という姿勢が感じられる。その突き進む姿は、サンフランシスコ講和条約で米軍の軍政下に置かれた沖縄。その時の最高の権力者だったキャラウェイ高等弁務官は「沖縄の自治は神話である」と。「自治は神話」だとあの当時に言った。私たちの自治権獲得運動に対し、そのような言葉で、キャラウェイ高等弁務官が言っていて、なかなか物事は進まなかった。官房長官の「粛々」という言葉がしょっちゅう全国放送で出てくると、何となくキャラウェイ高等弁務官の姿が思い出される。何か重なり合う感じがして、私たちのこの70年間、何だったのかなと率直に思っている。
 そして、この27年間の苦しい中で強制接収された土地を、プライスさんという人がきて、プライス勧告というもので強制買い上げをしようとした。とても貧しい時期だったから、県民は喉から手が出るほどお金がほしかったと思うが、みんなで力を合わせてプライス勧告を阻止した。今、私たちは自分たちの手の中に基地(の土地)が残っている。こういった自治権獲得の歴史は「粛々」という言葉には決して脅かされない。そう思っている。上から目線の「粛々」という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて、怒りは増幅していくのではないのかと思っている。私は辺野古の新基地は絶対に建設することができないという確信を持っている。
 こういう県民のパワーが私たちの誇りと自信、祖先に対する思い、将来の子や孫に対する思いというものが全部重なっていて、私たち一人一人の生きざまになってくる。こういう形で「粛々」と進められるものがあったら、絶対に建設することはできない、不可能になるだろうなと私は思う。そうすると、建設途中で頓挫することによって、起こり得る事態は全て政府の責任だ。世界が注目しているので、日本の民主主義国家としての成熟度が多くの国に見透かされてしまうのではないかなと思っている。
 官房長官にお聞きしたい。ラムズフェルド国防長官(2003年当時)が「普天間は世界一危険な飛行場だ」と発言し、官房長官も国民や県民を洗脳するかのように「普天間の危険性除去のために、辺野古が唯一の政策」と言っている。辺野古基地ができない場合、本当に普天間は固定化されるのかどうか、聞かせていただきたい。ラムズフェルドさんも官房長官も多くの識者も世界一危険な基地だと言っているのに、辺野古ができなかったら固定化ができるのかどうか。これをぜひお聞かせ願いたい。普天間が返還され、辺野古に行って(面積が)4分の1になるという話がある。それから嘉手納以南の相当数が返されると言うんですが、一昨年に小野寺前防衛大臣が来た時に「それで、どれだけ基地は減るのか」と聞いたら、今の73・8%から73・1%にしか変わらない。0・7%だ。
 なぜかというと那覇軍港もキャンプキンザーもみんな県内移設だから。県内移設なので、普天間が4分の1の所に行こうがどうしようが、73・8%が73・1%にしか変わらない。官房長官の話を聞いたら全国民は「相当これは進むな」「なかなかやるじゃないか」と思うかもしれないけれど、パーセンテージで言うとそういうことだ。それからもう一つ。那覇軍港やキャンプキンザーなどは2025年まで、2028年までには返すと書いてあるが、その次に、「またはその後」と書いてある。これは日本語としてどうなんだと思う。2025年、2028年までに返すんだと書いておいて、その次に「またはその後」という言葉が付いている。「ハナシクワッチー」と言って、沖縄では話のごちそうという言葉がある。いい話をして局面を乗り越えたら、このことにはまた知らんふりというのが、戦後70年間の沖縄の基地の問題だったと思う。だから、今こうしてオスプレイをどこそこに持って行くあるいはたくさんの基地が返るんだという話をされても「またはその後」が付けば、「50年ぐらい軽くかかるんじゃないか」という危惧を県民はみんな持っている。
 こういうところをぜひ、ご理解いただきたい。そして安倍総理が「日本を取り戻す」と2期目の安倍政権から言っていた。私からすると、取り戻す日本の中に沖縄が入っているのか、率直な疑問だ。「戦後レジームからの脱却」ということもよく言うが、沖縄では「戦後レジームの死守」をしている感じがする。一方で憲法改正という形で日本の積極的平和主義を訴えながら、沖縄でこの、「戦後レジームの死守」をすることは、本当の意味の国の在り方からいくと納得しにくい。
 昨日、一昨日の官房長官の「沖縄県民の民意」というものがあった。「いろんなものがあってあの選挙を戦ったんだよ」と。「だから(民意は)いろいろあるでしょう」という話があったが、昨年度の名護市長選挙、特に沖縄県知事選挙、衆院選挙の争点はただ一つだった。前知事が埋め立て承認をしたことに対する審判だった。テレビ討論や新聞討論で(議題は)教育、福祉、環境いろいろあるが、私と前知事の政策に、埋め立て承認以外では違いがなかった。あの埋め立て承認の審判が、今度の選挙の大きな争点であり、10万票差で私が当選したということは、もろもろの政策でやったものではないということを、ぜひ理解してほしい。辺野古基地の反対について、県民の圧倒的な考えが示されたと思っている。
 振興策の話もしていたが沖縄県はいろいろ難しいところがある。例えば基地があることによって困ったことは何だったかというと、あの9・11の(米国)ニューヨークのテロで、ビルに飛行機がぶつかったときに、大変なことが起きたなと思ったら、1週間後には、沖縄に観光客が4割来なくなった。そして4割来ないということは大変な出来事であのときの沖縄の苦しみというのは大変だった。そして尖閣も日本固有の領土だし、守ることは結構だ。しかし、あの尖閣で何か小競り合いが起きると、石垣島に来ている100万人の観光客がすぐ10万人くらいに減るという危険性も十二分に持っている。そういう視点からも、沖縄は平和の中にあって初めて、沖縄のソフトパワー、自然、歴史、伝統、文化、万国津梁の精神、世界の懸け橋になる、日本のフロントランナーとなる。経済的にもどんどん伸びていき、平和の緩衝地帯として他の国々と摩擦が起きないような努力の中に沖縄を置くべきだと思う。米軍基地があると、お互いの国とも近くて、最近はミサイルが発達しているので1、2発で沖縄が危なくなる。
 こういったことを考え合わせると、米軍もアメリカももうちょっと遠いところに行きたがっているんじゃないか。日本の方がかえってそれを止めて「抑止力」という形でやっているのではないかという疑問がある。アジアを見据える、あるいは中東を見据えるところまで沖縄の基地が使われるのではないかと思っているが、この辺の根本的な説明がないと、新辺野古基地というのは恐らく難しい。県民の今日までのいろんな思いは絶対に小さくはならない。もっと大きくなって、この問題に関して、話が進んでいくと私は思っている。
 きょう官房長官にお会いさせていただいたが、安倍総理にもこのような形でお話しする機会があれば大変ありがたい。ぜひ、その面談の手配をお願いしたい。(官房長官は)基地負担軽減担当大臣でもあるので、辺野古建設の中止をされて、しっかりと話し合いをして、基地問題を解決していただきたいと思っている。よろしくお願いします。