どんど焼き

追伸(17日):兵庫県南部地震から22年.10年前に「阪神淡路大地震から12年」を書き,そしてそれからまた10年が経った.黙祷し合掌する.
 今年も一五日,門松などを燃やすどんど焼きの日.二十分ほど歩いて,地元の越木岩神社へ参ってきた.地震の前はこの近くに住んでいた.どんど焼きについて,辞書には,

(「とんど」とも。「とうと(尊)」からという説がある)小正月の火祭り。正月一四〜一五日に門松、竹、注連縄(しめなわ)などを持ちよって、火を燃やすこと。左義長。どんどやき。どんどんやき。《季・新年》(国語大辞典(新装版)小学館 1988.)

とある.ここにも,もう2010年2012年2013年2014年2015年2016年と書いてきた.毎年,一つ増やして記録を書くのは自分のためである.この神社は,右の写真のような大きな岩をご神体にしている.昔,秀吉の時代,大阪城の石垣に切り出そうとしたが,煙が出てできなかった.今も幾つか大名の名が彫り込まれた岩が残っている.このような巨岩,磐座(いわくら)を神の座として大切にする.これが,弥生時代から続いてきた.あるいは縄文の昔からかも知れない.古くは瀬戸内海の海岸線がもっと山の方に近く,海から見れば高台であるこのあたりはながく人間が生活してきた.
 このような巨岩は,この神社を南端にして北の方にいくつもある.この山塊だけは家が建っていない.昨年も少し書いたが,この神社に北側に隣接していた短期大学が移転し,その後を住宅開発会社が買い取り,その地に三つある磐座を破砕しようとしていた.磐座をまもれという若者の運動のことは「磐座(いわくら)を守れ」に書いた.
 この住宅開発会社が短大校舎を解体するときに,アスベストを飛散させた.それに対して,この開発会社と西宮市を相手取った裁判が始まっている.そのHPはストップザアスベスト西宮である.私の町内には,同じ学校法人の高校中学があったが,この土地も売却され,今解体工事が進んでいる.それもあって,学習会などこちらもいろいろこの神社地元の運動に顔を出している.今のところ,短大跡の住宅建設は止まったままである.あれだけテレビにも取りあげられれば,集合住宅を建てても売れない.しかしよく見守ってゆかねばならない.
 この神社の宮司さんは,今の神社本庁などのあり方から距離をとっておられる.そのためもあってか,磐座を守れという運動に神社本庁からの支援はないようである.それでも宮司さんは地元の有志や若者とともに,まさにがんばっておられる.境内には,磐座を守ることを訴える掲示などが置かれ,参拝者は読んでゆく.本来,神道とは,このように磐座に祈り,守り,受けついでゆくものなのだ.そして, 万物共生 原発廃炉 こそ,神道の心である.そんなことを考えながら戻ってきた.