阪神淡路大地震から23年

今日は阪神淡路大地震から二十三年である.あの日のことは,十一年前に「阪神淡路大地震から12年」にも書いたが,昨日のことのように思い起こす.阪急電車の高架が倒れ,西宮北口から歩いたこと,神戸に出るのに瓦礫の間をバスで通ったことなども思い出す.が,今から考えればアスベストの舞う中を,動いていたことになる.アスベストの潜伏期を考えると,これからあの当時の影響が出てくるかもしれない.明日は,西宮でアスベスト問題に取り組んでおられる上田さんが,19時20分頃より ラジオ関西にて「阪神淡路大震災アスベスト問題」について約10分間出演される.
また,ここ「鎮魂か商魂か、それが問題だ〜阪神淡路大震災から23年」に,西宮に住んでいた小田実さんのことが載っている.私の本棚に,この市民立法の運動をふまえた1998年の小田さんの本「これは「人間の国」か」がある.そのIIIは「「棄民」から事態,問題を考える」である.この本で提起されていたこの国の問題は,福島の地震とそれに続く核惨事おいて,さらにあきらかになった.しかし,事態は変わるどころか,安倍政権はこれをショックドクトリンにして,第2次内閣を発足させ,そして今日に続く国家の私物化と腐敗の政治を続けてきた.小田さんは今日を見越しておられたのかもしれないが,しかし今を生きるものとして小田さんに申し訳ないと言う気持ちである.
五年前の「阪神大地震から18年目に」では,ちょうど人民新聞のことを紹介した.山田編集長の福島取材が読み応えがあった.ここに再掲しておく.「[福島・二本松]引き裂かれる被災者」,「[飯舘]帰りたいけど帰れない」,「[二本松]未来見据えた地域戦略構想中」である.このような記事を書いてきたその山田編集長は年を越えて今も神戸拘置所にとらわれたままである.まさに今の政治が編集長を拘束しているのだ.編集に携わることを妨害し,人民新聞とその周りの人のつながりを断ちきろうとしている.籠池夫妻が今も拘留されているのと同じである.逃亡のおそれも証拠隠滅のおそれもない.ただただ喋られたら困るのだ.しかし,山田さんの,獄中より届いた年頭挨拶:弾圧の中に射している一筋の光 警察・検察に「ギャフン」と言わせてやるぞ! は読むのもに力を与える.
人民新聞への弾圧は,これを発動した彼らアベ政治の中枢にいるものの意図とは逆に,いかに今の権力が腐敗し警察政治まで私物化しているかを明らかにした.彼らはこれを隠そうとするだろう.こちらは少しでも多くの人に事実を伝える.2月17日には「山田編集長を支える会」が結成される.北摂から尼崎の地で,戦後ながく地道な活動がなされてきた.私もいろいろ世話になった.1991年には彼らの訪中団の一員として,東北地方から中央部の蘭州まで旅した.そのときのことは「十六年目の中国」にある.宝塚の市長をはじめ,いわゆる市民派の政治家,議員も少なくない.豊中の木村議員はいま中心になってこれを担っている一人である.このような人民運動の広がりを,アベ政治は一番恐れている.ここはこちらも踏んばりどころなのだ.この集会には参加する.詳細は「山田編集長を支える会」結成!/2月17日尼崎集会へ参加をと、人民新聞編集長・山田洋一さんを支援する会にあるので,行ける方はぜひ参加してほしい.
しかしそれにしても,明治維新から百五十年にして,近代日本の政治がその支配機構の上から下の末端まで,こういうところに行きつくとは思ってもいなかった.そしてこのような世のあり方は必ず革めなければならない.またそのときは来る.しかしその時期は分からない.アベ政治の土台にあるのは資本主義のゆきづまりである.ということは,明治維新百五十年はまた,資本主義を越える理念と実践が試されるときでもあることを忘れないでゆきたい.そして,自分にできることとして,この事態を私なりにもう少し考え,言葉に残しておかねばと思う.その一端は『神道新論』に書いた.これは三月か四月に作品社から出る.しかし,それはまだまだ問題提起の段階である.これを自分自身への提起と受けとめ,少しでもそれを掘り下げ語りたい.いのちあるかぎりそれを試みるということだろう.人生とはそういうことだと思う.