京都から梅田:安倍やめろ!

昨日はまず京都の龍谷大学大宮学舎で開かれたインターナショナル・カルチュラル・タイフーン2018の「情動化する社会の政治・経済・文化−グローバル資本主義に未来はあるか」と題する報告と討議を聞きに行った。概要は学会のカルチュラル・タイフーン2018の開催のお知らせにある.当日受け取った冊子にはもう少し詳しく載っていた.会場に着くと,案内をくれた杉村さんがいて声をかけ,受付を済ませて半時間あったので表に出て昼食.1時からはじまった.写真は後部の一番前でのものなので三分の一くらいが写っているが,龍大の学生はじめ多くが集まっていた.
この「お知らせ」にあるように,「現在の変化が政治・経済・社会だけでなく、それらを支えている文化と個人精神を飲み込む運動であることも、それが合理的な説得や制度的な変革がもはや通用しない強力な情動に支えられていることも確かです。」との認識はその通りである.そして,カナダの女性政治学者が発言していたように,「グローバル資本主義に未来はない」ことも確かである.基本はその通りであるとして,しかし,昨日の基調報告と討論では次のことはまだ明らかではなかった.
1)大域資本主義が終焉するのはいかなる形においてであるのか.そしてそれは,自然に終焉にするのか,あるいは人々の闘いによってであるのか.
これに関するこちらの考えは,資本主義生産関係そのものを変えるかどうかの問題ではなく,資本に人が使われるのか,人が資本主義的生産関係を使いこなすのかの問題である.こうして経済の時代から人の時代へ大きく転換してゆく.かつて,社会主義陣営が存在して時代には,その圧力の下,資本主義陣営においても資本の放縦な動きを規制する様々の仕組みがあった.社会主義が崩壊して以降その規制はほとんど取り除かれたが,もういちど規制をもっと強力に総体的に行わなければならない.それは人々の闘い以外に生み出されることはない.
2)大域資本主義は、普遍の名の下にの固有性を奪う.
カナダやアメリカの西洋の学者のはこの観点が弱い.資本主義の押しつける偽りの普遍性に対抗し,これを越えて,固有性の共存する真の普遍の場を創り出し,そこにおいてこそ生産関係としての資本主義を使いこなす新たな人を生み出すのでなければならない.私は,青空学園を,この偽りの普遍性にに抵抗する根拠地であり,闘いの場としてやってきた.その一つのまとめが『神道新論』であった.自分がやってきたことの意味を再確認できたのはよかったが,これをもっと広めねばとも思った.
やはり問題は,分析ではなく抵抗であり,その実践である.いわゆる学問の知のありかたの問題を含めいろいろ考えさせられた.
それから,七条通りを大宮から堀川まで歩く.昼には降っていた雨もこのときは止んでいた.そして北に曲がって,西本願寺に参る.親鸞の寺である.広い境内をまわる.それから入り口を東に出てしばらく歩き,新町通を南にまがって,京都駅まで裏通りを歩いた.京の街は裏通りを歩く.
裏通りを歩いていつも思うのは電柱の多さであり,それが景観を壊していることである.日本は明治以来電気を引くのに多くの電柱を立てた.近年,大通りの電柱は撤去され,江戸時代までの通りの景観が戻りつつあるが,肝心の裏通りの電柱はほとんどそのままである.かつてはこんな電柱はない街並みであった.裏通りほど電線などを地下化するのは大変であるが,次代のために,少しでもこれをすすめてもらいたい.
フランスやドイツの街を歩いていいなと思うのは,電柱がないことである.これがかつての景観であった.故郷の宇治の街も,新町通といわれる表道りの電柱は地下化され,宇治橋からの景観もよくなっていた.しかし縣通りはまだ電柱が立ったままである.
私は,電柱をどんどん立てたことは,近代日本の失敗の象徴だと思う.そして植民地時代に韓国や台湾の街々にも電柱を立ててしまった.これはいずれどこかで始末しなければならない.
それから大阪駅まで電車で移動し,梅田解放区の安倍やめろ行動に参加してきた.これだけ現前の政治が腐敗しているのに,なぜこれを打破する直接の行動が広がらないのだ.アベのやったことは収賄とその見返りの便宜供応であり,これは本来なら犯罪として裁かれねばならないことである.ところがこれが,司法検察一体となって逆にアベを守っている.
二年前,韓国では朴槿恵大統領の退陣を要求する革命的な波が,ガラス窓一枚壊すことなく平和的に街頭を埋めつくし,ついに大統領弾劾が成立して罷免した.その力が文在寅大統領を生み出した.今日の南北対話,米朝対話は、この「ろうそく革命」の結果である.朴槿恵収賄に比べればアベのやったことははるかに額が大きく悪質である.それでも罷免できないままである.
韓国には,かつての民主化闘争があり,さかのぼれば日本の植民地支配への抵抗闘争の歴史がある.対して日本は,非西洋にあって最初に近代資本主義に入り,帝国主義侵略と支配を続け,敗戦後はそれを総括することなく一転して対米従属の下に経済拡大を続けてきた.アベ政治はそのなれの果てである.
これに対抗する力はあまりにも弱い.われわれは韓国の人々の歴史の現在からはるかに遅れた所にいる.しかしそれでもこれは歴史の産物である.歴史の産物は,必ずかえることができる.絶望することなく,言うべきことを言い,街頭に出よう.一人一人の行動こそが歴史を創る.ということでこの日も横断幕をもつの手伝ってきた.