昨日は,朝から町内にある公園に30人ほどが集まり,掃除をした.落葉が多かったが,片付けた.
このように皆が集まる公園があるのはありがたい.公園の周りに住んでいる人は,若いお母さんらが7時頃まで皆で喋っているよというが,それも良いではないかと思う.
そして午後は,大阪うつぼ公園であった老朽原発このまま廃炉!大集会に参加し,難波までデモをしてきた.梅田解放区の街頭行動で顔見知りの人にも幾人か出会ったし,こちらの地元の人にも出会った.
1600人ほどの参加であった.
この日の様子は,梅田でで会うたたかうあるみさんのところにも詳しい.また,ここに録画もある.
福島の事故から10年経って,国や東電は原発を再稼働しようとしているが,大飯原発3,4号機は先日設置許可が取り消された.このまま廃炉にするしかない.
なぜ政府は廃炉を決定できないのか.再稼働すれば,いずれはおこる大地震のときに甚大な結果をもたらす.そのことがわかっているのに,なぜドイツのように廃炉にできないのか.
廃炉を決められないところに,今の政治の劣化が象徴的に現れている.
今の日本はほんとうに大きな分水嶺にある.先日も書いたが,分水嶺にある近代日本で考えたことが,今現実の政治の問題となりつつある.
いま日本はかぎりない没落の過程にある.没落の底から立ちあがることはできるのか.そのとき,ここに来た人らの闘いは希望である.
そしてこれは,日本だけの問題ではなく,世界大の問題であり,人類の歴史そのものが今大きな曲がり角にある.発言を聞いていて,そのことがいっそう明確になった.
集会のあと,銀杏の美しい御堂筋を難波まで歩く.道ゆく人に呼びかけながら,難波の北西側にある公園で流れ解散となった.
このように街頭に出て歩くことは,私にとって考えごとをする場でもあり,考えていることを見直す場でもある.
思えば,1972年,1973年,ベ平連京都で毎週土曜日に河原町をデモしていた.それから仕事について芦屋に来て,教員組合のデモもよくやった.
2003年のイラク戦争のときから,また一市民として街頭に出始めたのだ.ずーっとこうしてやってきたように思う.
歩けるうちは続けてゆきたい.