梅干しと夏祭り

 味噌と梅干しは自家製である.味噌は冬の寒い日に大豆を煮てつぶし麹と混ぜて仕込む.床の下の冷所に半年以上寝かせて,うまい味噌ができる.今年のはもう少しである.昔母の実家では,京風の白味噌も自家製だった.子どもの頃,いつも年の瀬にはそれをもらってきて,すりこぎでつぶすのを手伝わされた.その白味噌で頭芋を煮て雑煮を作る.それが京風雑煮である.その思い出があるので,提案.それをまねて近年は一部を白味噌にしている.自家製味噌の味になじむともう売っているものは食べられない.
 そして梅干しも毎年漬ける.紫蘇に漬け,夏の日に干す.夏の日に干すことで紫蘇の赤さが梅に伝わる.そして真っ赤な梅干しが出来る.今年は大粒のいい梅が手に入った.私は日頃,玄米を食べているので,去年の秋に入院したとき病院の白米がもう一つだった.それで,梅干しをもってきてもらって,毎日一個食べた.病院の白米と自家製の梅干しを五週間.あれはうまかった.梅干しのうまさを再確認した入院でもあった.ということで今年も梅を干す.
 さて昨日と今日は今年も地元の夏祭り.自治会の役員をしているので,入り口の警備とかいろいろ手伝ってきた.昨日は子どもらの手作りの神輿も出た.この祭も聞けば地震の前からだそうだが,私が参加したのは自治会を手伝った去年からである.この地は昔からの人と新しくここにやってきた人とが相半ばで,土地の一体感は薄い.地元には神社も寺もなく,また西宮の北部のような伝統の祭もない.受け継がれた祭ということではなく,何かこの地にという地元の人の気持ちではじまったのだ.人間ははこういう土地の祭を求めるものなのだ.今年も大勢参加してきた.ここは結構外国人も多くすんでいて,日本人と結婚した黒人とのカップルが今年も二組,それぞれ子どもたちに浴衣を着せてかわいい.去年はイギリスからの家族と話しもした.去年の「夏祭り」にそれは書いた.
 私がこのような祭に思いを込めるのは,やはりあの阪神淡路大震災の魂鎮めの心があるからだ.それと「四季と祭り」に書いたが故郷宇治の祭の思い出が,生きているからだろう.この数年は県祭の日の帰省は出来ていない.その分,地元の祭である.
 阪神間ではこうしてあの震災で亡くなったものを偲び,祭として伝えることができる.しかし原発事故はこれもできない.核惨事はその土地での魂鎮めも許さない.そう考えると,東電核惨事の非人間性を改めて思わざるを得ない.やはり日本列島弧の人間の生き様を第一とするのなら,それと原発は両立しないのだ.警備の担当時間が過ぎ,祭の様を見ながらテントの奥でビールを飲んでそんなことを思った次第.
 明日からは夏の授業再開.こうして夏の日は時間を経てゆく.人間の生きる夏.病気したからかも知れないが,日々がいとおしい.