ガザ侵略やめろ!-Ⅲ

 寒くなってきた.秋から冬へのこの時期も,火曜から金曜まで,毎朝6時過ぎには起きて,歩いて10分ほどのところにあるお地蔵様の祠を開けに,犬を連れて歩く.戻ってくると体も温まっている.早朝のこの季節感は,やってみないとわからない.

 追伸20日:20日の昼,Tmさん,Unさんと梅田で落ちあい,近くの沖縄料理店で会食した.
 この前にTmさんに会ったのは,「秋深き,友に会う」に書いたように,Hさんの一周忌の頃となる2年前,2021年11月であった.その前は,「秋深きー安倍スガ政治を終わらせよう!」にあるように,2020年10月にUnさんも一緒に,H さんの霊前に参ったときである.
 1973年秋,月刊「たいまつ」の読書会で知りあったので,今年でちょうど半世紀である.京都北白川の私の下宿に2人が来たとき,Tmさんが「おまえやれや」と自分に来ていた求人を私に紹介してくれた.その結果,市芦で高校教員の仕事についた.
 そのTmさんに『誰もが数学を体系的に学べる場の試み』をわたすことができた.
 Unさんには24日にPDFを送った.
 Unさんは北白川の下宿から尼崎は武庫之荘の新しい住みかに荷物を運んでくれた.これから『神道新論』を展開するためにと,参考となる資料の写しをいろいろとくれた.また,郵送もしてくれるということだ.
 このような友人がいることに心から感謝する.

 17日の金曜日は,地域・アソーシエイション研究所の,年に1度の総会であった.私も会員であるので出席した.総会の後の懇親会も参加してきた.これまでも,2018年「晩秋の週末」と,2020年「秋深きー安倍スガ政治を終わらせよう!」にも書いているように,何回か参加してきた.
 それぞれが自己紹介を兼ねて発言することになったので,「北大阪商工組合のやっている生産者と消費者を直接に繋ぐ取り組みこそ,資本主義の次の生産関係のあり方だ.それをもっと深め,発信してほしい」と言った.
 北大阪商工組合を基盤とする研究所の活動は,関西における戦後の運動の深い流れのなかにある.日中が国交を回復するより前から,中国との貿易を行い交流を深めてきた.『十六年目の中国』に書いているように,私が1991年に中国を訪問できたのも,商工組合の訪中団に加えてもらったからだ.

 こうして書いておくと,後で見返して,この前はいつ行ったかなとか,すぐにわかる.ブログとはこの点からも便利である.

 そして18日の土曜日は,午後3時から大阪市西区にある新町北公園で行われた ガザ侵攻を止めろ!関西緊急アクション に参加してきた.約500名が参加していた.

 緑のニライカナイさんも参加しておられた.いつも梅田解放区で一緒になるAkihiko Manabe さんも見かけた.反戦タイガースさんとも会った.彼が地元の尼崎でやっておられる「狭山事件の再審を求める尼崎市民の会」のビラをもらった.
 前日の,地域・アソーシエイション研究所の総会でも会った園さんも来ていた.この日の写真もあげてくれている.
 地元の知り合いも参加してくれていた.

 ガザ侵攻を止めろ!関西緊急アクション / たぬき御膳のたぬキャス に動画がある.国会議員の大石あきこさんも参加し,心のこもった演説をしてくれた.また,豊中市議の木村真さんもドラムを持って参加してくれていた.

 それにしても,いまガザで起こっていることの悲惨さよ.イスラエルという国家の支配層の酷さよ.かつての西洋世界におけるユダヤの人びとへの暴虐ともいうべき歴史を覆い隠すために,イスラエルは作られたのだ.そして自らが西洋世界のなかでやられたことを,非西洋世界に対してやっているのだ.
 田中龍作さん が現地からそれを伝えてくれている.

 この日は集会を終えて,御堂筋を難波までデモした.

 Free Free Gaza!
 No More Genocide!
 虐殺やめろ!
 子どもを殺すな!
 封鎖をやめろ!
 今すぐ停戦!
 パレスチナに自由を!

 まだまだ小さいが,このような運動が,歴史を動かし,歴史を作る.その基礎ではないだろうか.これからも動けるかぎりは参加してゆきたい.

 この日本というところは,大きな没落に向かっている.それは,近代日本が根なし草であること,そしてそれをとらえることができない世のあり方,ここに起因する.
 このことをこれまでも何度も書いてきたが,掘り下げ,そして歴史の教訓としてまとめることはまだできていない.
 それでも,このことを問題提起することは続ける.そして,できるところから言葉にしてゆく.これが私の仕事である.