パレスチナに涙を!

 イスラエルによるガザ攻撃が続く.アラブ人への差別と植民地主義,そして民族浄化という虐殺,これがイスラエル建国から75年間続いている.それに対するパレスチナ人民の闘いが続く.
 民間人や子供が多数殺されている.明らかに国際人道法に反する.しかし,これを止めることができていない.
 19日追伸:しんぶん赤旗19日記事見出し「難民キャンプも病院も ガザ全域攻撃130人死亡」.

 そのような情況のもと,昨日16日(土)は,「パレスチナに涙を!」の集会とデモがあり,参加してきた.

 主催したのは,ガザ緊急アクション である.15:30に扇町公園に集まり,村上薫さん の司会で集会をもつ.500人以上が集まっていた.
 大石あきこ 衆議院議員も来て,連帯のあいさつをされた.社民党大阪府連代表の長崎由美子さん,新社会党茨木市議会議員の山下けいきさんらもあいさつされた.
  Swing MASA さん,真辺昭彦 さんのギターと歌もあった.髙橋もと子さん も来ておられた.皆,梅田解放区などでの知りあいである.また,地元のKさんも来ておられた.
 協同して行動するということで,次の時代を拓く人びとの協同した運動が生まれつつあることを実感する.
 こうして歴史は動いてゆく.
 そして,16時10分,デモに出る.    
 17:30から大阪駅北口でパレスチナ追悼行動として,赤い涙の寄せ書きを前に,多くの人が語る.

 たぬき御膳さんの記録もある.たたかうあるみさんも報告をあげてくれている.
 その他,いつも梅田解放区で一緒になる人に何人も出会った.反戦タイガースさんもきておられた.
 確かに人の輪は広がり大きくなっている.シーズーさんの言われるとおりである.この人の輪を力にしてゆく.そのことを考える.

 このような場に立ち続けること.そして,そこにある事実を青空学園に書きとどめること.これをもっとも基本的なみずからの課題とし,思索を積みあげる.
 人が生きる意味は,人それぞれの課題にこそあるのではないか.私はこれからも立ち続け,考え続け,命あるかぎりそれを書き置く.

戦争やめろ!

 今日の日曜日は朝から地元での掃除に参加した.年に2回ある 西宮市一斉の掃除の日 で,8時から9時過ぎまで,神園公園や阪急電車の踏切のあたり,落ち葉の多い溝など,いくつかに分かれて清掃する.
 毎月一回,地元の公園管理委員会が,神園公園の掃除を市から請け負う形でやっている.それ以外に,7月と12月は全市一斉の掃除がある.
 朝から掃除をすることは,こちらの健康にとっても意味がある.町内の掃除と犬の散歩,これらのおかげで 2013年の暮れ以降,医者にかかることなく,薬も飲むことなく,過ごせてきた.

 昨日の土曜日は定例の梅田解放区であった.たたかうあるみさんも 写真 をあげてくれている.いつものように, 岸田やめろ! 戦争反対!の横断幕を掲げて十数人が集まり声をあげる.


 昨夜は,写真のように行者の姿をした人もきて,太鼓をたたいてくれた.これまでも何回か来てくれている.また,前を通った若い人も声をあげてくれた.外国人も写真を撮ってゆく.日本にもこういう人らがいるのだ,と思ったのかも知れない.
 こうして,梅田の街頭から戦争反対の声をあげることが,定着してきたことを思う.これはほんとうに大切なことだ.

 イスラエルによるパレスチナ侵略が続いている.ロシアによるウクライナ侵攻も続いている.イスラム組織ハマスイスラエルの戦争は,イスラエルができたときから続くイスラエルによる「民族浄化」と,それに抵抗して闘うパレスチナ人民の闘いそのものである.
 そして多くの命が失われてゆく.何ということだ.私は,この東梅田の街頭から若い人らと一緒に「戦争反対!」を訴えて6年になるが,この間,国際社会の対立と分断は深まり,世界の戦争は拡大するばかりであった.それでも,いや,だからこそ「戦争反対!」を訴え続ける.
 また,大阪万博反対の声もあげ続ける.実際のところ,大阪万博は無残な失敗となる.維新政治の破綻が暴露されるだろう.問題はそこでどうするかだ.
 街頭に立って,道ゆく人びとを眺めながら,その思いを強くする.

 昨日,鹿砦社さんから『季節』2023年冬号と,2024年の鹿砦社カレンダーが贈られてきた.ありがとうございます.
 『季節』のいずれの記事も深く大きく重い.この地球の上でいまわれわれがどのようなところにあるのかを考えさせられる.
 送られてきた『季節』の表紙に,
 2024年の大転換
 <脱原発>が実る社会へ
とある.
 それを,私がやってきた,日本近代を言葉から問うという課題と結びつけ,考えてゆく.昨年も季節をいただいたとき,一文を書いた.「歴史の分岐点」である.
 それを思い起こしながら,2023年は,転換のさまざまの兆しが現れたが,現実の歴史の動きとなるのは2024年かも知れないと,そう思った.
 年の瀬にやるべきことをやり,大転換の2024年をむかえよう.大転換の年にするべく,なしうることをしよう.本当に深く,そう思う.

三十三回忌

 昨日3日は,朝の7時半から,定例の地元の神園公園の掃除に参加した.来週は西宮市が年に2回やっている市内一斉の清掃の日である.町内のものが集まって掃除をするのは大切なことだ.

 掃除を終えて9時前に戻り,一休みしてから宇治に出かけた.父の三十三回忌の法要である.父は1916年に生まれ,1991年に亡くなった.
 宇治のことは「故郷宇治」に書いている.父母のことはその中の「父母の言葉」に書いている.
 宇治の実家に住む上の妹と滋賀県大津市に住む下の妹と京阪電車黄檗駅で落ちあい,3人で菩提寺の 西方寺 に向かう.そして,まず墓に参る.
 それから,堂に入り,住職の声に導かれて読経し,焼香する.堂内で少し暗いので焦点が合っていない.
  
 西方寺を訪れるのは初めてである.行ってほんとうによかった.菩提寺黄檗にあることは聞いたことがあるが,西方寺とその西側にある 二子塚古墳 のことなどなにも知らなかった.亡き父に導かれて行ったことになる.

 お参りを終えて京阪黄檗に戻り,下の妹は大津に帰る.上の妹と電車で宇治にゆく.平等院から奈良に続く旧街道の本町通りにある三軒長屋の端の実家に戻って,妹といろいろ話をしてきた.
 ここは私が小学校2年の時に宇治川べりの借家から移り住んだところだ.そして,ここに大学院修士1年のときまでいて,それから京都北白川の下宿に移った.それを見送った母が,「もうここには戻らないだろうなと思った」と話すのを聞いたことがある.
 大津に住む妹からは鮒寿司を土産にいただいた.鮒寿司のことは,ここでも何回か書いている.2017年12月16日「ABC予想査読通過の報に接して」では鮒寿司の写真も載せている.このときは父の二十七回忌で,そのとき妹がもってきてくれたのだ.
 家に戻って鮒寿司をいただく.ほんとうに美味い.
 小学校に上がる前後の数年間を,宇治川べりの借家で過ごした.あの頃の川風の匂いをいまも覚えている.鮒寿司は,その川風の匂いを,米と糀に包んでくれているように思える.
 一族の本家は,茶問屋の 辻利 である.萬延元年創業である.父も定年退職した後は、経理などを手伝っていた.いまは宇治の駅前などで,喫茶店もしている.どこも多くの人が入っていた.

 昨日は「とめよう原発依存社会への暴走」《12・3とめよう!原発依存社会への暴走 1万人集会》がうつぼ公園であった.主催は「老朽原発うごかすな!実行委員会」である.朝日新聞 も報じている.ところがこのとき,しんぶん赤旗 が報じているように,国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)に合わせ、「2050年までに世界の原子力の発電容量を3倍にする」との宣言に日本など21カ国が賛同した.
 これは大きな欺瞞である.原発それ自体は確かに二酸化炭素はそんなに出さない.しかし,天然の原料からウランを取り出し精製する過程で,二酸化炭素を大量に出す.そして言うまでもなく,地震列島で原発を稼働することは極めて危険である.
 裏で,国際的な原子力産業が動いていることは確かであり,これはまた,ウクライナやアラブで戦争を誘発している兵器産業とも一体である.
 このままいけば,今回の原発三倍化宣言は,大地震と結びついて原発の崩壊につながる.

 ということで,今回の集会は参加できなかったが,多くの人とさらに手を繋ぎ,このような世界のあり方と闘ってゆく.できることはしたい.

沖縄を再び戦場にさせない

追伸25日:土曜日は定例の梅田解放区であった.いつものようにあつまり,声をあげる.たたかうああるみさん も書いてくれている.梅田から戻って,これを書き加えた.

 昨日23日,大阪西梅田公園で行われた,「沖縄を再び戦場にさせない! 沖縄県民大会同時集会」に参加した.「沖縄を再び戦場にさせない 沖縄平和大集会」にあわせて,全国各地で開催された.大阪の当会場はおよそ400人の集会となった.そのチラシである.
 いつもお会いする緑のニライカナイさんや,茨木の西尾慧悟さんが,報告を載せてくれている.また,たたかうああるみさん がブログで詳しく書いてくれている.

 開会あいさつに続いて,川口真由美さんや,牧志徳さんの音楽があり,それから「集会の呼びかけ」が読み上げられ採択された.大石あきこ衆議院議員のメッセージも代読された.ながさき由美子社民党候補もあいさつされた.
 また,いくつもの団体からの連帯あいさつもあった.
 反戦ターガースさんも親子で来ておられた.他にも,梅田解放区で顔なじみの人も幾人かみかけ,あいさつした.
 集会の最後に Swing MASA さんの演奏があった.

 続いて,西梅田公園から梅田までデモをした.デモに出るとき,川口さんが会釈してくれた.何回か梅田解放区にも来てくれていて,デモでいっしょに歩いたこともあり,覚えていてくれたのだ.

 那覇での「沖縄県民平和大集会」は,沖縄タイムスに,「沖縄を戦場にさせぬ」1万人が軍拡化に反対訴え 県民大集会 玉城知事「声を上げ続ける」とあり,レイバーネット:沖縄を再び戦場にさせない!~「11・23県民平和大集会」が大成功にもあるように,大きな集会となった,
 また,東京での集会は2000人とのことであった.

  このような人びとの行動は力の源である.これが政治的な力としてまとまってゆくために,あと一歩,何をしなければならないのか.歩きながら,そんなことも考えた.私にできることはしてゆきたい.

 梅田駅前まで歩いて,それから阪神電車で神戸三宮に行き,授業をしてきた.

 沖縄を再び戦場にさせない,これは集会参加者の決意である.
 しかしいまこのとき,パレスチナは戦場である.これがいまの世界だ.これをどう考えるのか.
 本当に難しい時代となった.

 

ガザ侵略やめろ!-Ⅲ

 寒くなってきた.秋から冬へのこの時期も,火曜から金曜まで,毎朝6時過ぎには起きて,歩いて10分ほどのところにあるお地蔵様の祠を開けに,犬を連れて歩く.戻ってくると体も温まっている.早朝のこの季節感は,やってみないとわからない.

 追伸20日:20日の昼,Tmさん,Unさんと梅田で落ちあい,近くの沖縄料理店で会食した.
 この前にTmさんに会ったのは,「秋深き,友に会う」に書いたように,Hさんの一周忌の頃となる2年前,2021年11月であった.その前は,「秋深きー安倍スガ政治を終わらせよう!」にあるように,2020年10月にUnさんも一緒に,H さんの霊前に参ったときである.
 1973年秋,月刊「たいまつ」の読書会で知りあったので,今年でちょうど半世紀である.京都北白川の私の下宿に2人が来たとき,Tmさんが「おまえやれや」と自分に来ていた求人を私に紹介してくれた.その結果,市芦で高校教員の仕事についた.
 そのTmさんに『誰もが数学を体系的に学べる場の試み』をわたすことができた.
 Unさんには24日にPDFを送った.
 Unさんは北白川の下宿から尼崎は武庫之荘の新しい住みかに荷物を運んでくれた.これから『神道新論』を展開するためにと,参考となる資料の写しをいろいろとくれた.また,郵送もしてくれるということだ.
 このような友人がいることに心から感謝する.

 17日の金曜日は,地域・アソーシエイション研究所の,年に1度の総会であった.私も会員であるので出席した.総会の後の懇親会も参加してきた.これまでも,2018年「晩秋の週末」と,2020年「秋深きー安倍スガ政治を終わらせよう!」にも書いているように,何回か参加してきた.
 それぞれが自己紹介を兼ねて発言することになったので,「北大阪商工組合のやっている生産者と消費者を直接に繋ぐ取り組みこそ,資本主義の次の生産関係のあり方だ.それをもっと深め,発信してほしい」と言った.
 北大阪商工組合を基盤とする研究所の活動は,関西における戦後の運動の深い流れのなかにある.日中が国交を回復するより前から,中国との貿易を行い交流を深めてきた.『十六年目の中国』に書いているように,私が1991年に中国を訪問できたのも,商工組合の訪中団に加えてもらったからだ.

 こうして書いておくと,後で見返して,この前はいつ行ったかなとか,すぐにわかる.ブログとはこの点からも便利である.

 そして18日の土曜日は,午後3時から大阪市西区にある新町北公園で行われた ガザ侵攻を止めろ!関西緊急アクション に参加してきた.約500名が参加していた.

 緑のニライカナイさんも参加しておられた.いつも梅田解放区で一緒になるAkihiko Manabe さんも見かけた.反戦タイガースさんとも会った.彼が地元の尼崎でやっておられる「狭山事件の再審を求める尼崎市民の会」のビラをもらった.
 前日の,地域・アソーシエイション研究所の総会でも会った園さんも来ていた.この日の写真もあげてくれている.
 地元の知り合いも参加してくれていた.

 ガザ侵攻を止めろ!関西緊急アクション / たぬき御膳のたぬキャス に動画がある.国会議員の大石あきこさんも参加し,心のこもった演説をしてくれた.また,豊中市議の木村真さんもドラムを持って参加してくれていた.

 それにしても,いまガザで起こっていることの悲惨さよ.イスラエルという国家の支配層の酷さよ.かつての西洋世界におけるユダヤの人びとへの暴虐ともいうべき歴史を覆い隠すために,イスラエルは作られたのだ.そして自らが西洋世界のなかでやられたことを,非西洋世界に対してやっているのだ.
 田中龍作さん が現地からそれを伝えてくれている.

 この日は集会を終えて,御堂筋を難波までデモした.

 Free Free Gaza!
 No More Genocide!
 虐殺やめろ!
 子どもを殺すな!
 封鎖をやめろ!
 今すぐ停戦!
 パレスチナに自由を!

 まだまだ小さいが,このような運動が,歴史を動かし,歴史を作る.その基礎ではないだろうか.これからも動けるかぎりは参加してゆきたい.

 この日本というところは,大きな没落に向かっている.それは,近代日本が根なし草であること,そしてそれをとらえることができない世のあり方,ここに起因する.
 このことをこれまでも何度も書いてきたが,掘り下げ,そして歴史の教訓としてまとめることはまだできていない.
 それでも,このことを問題提起することは続ける.そして,できるところから言葉にしてゆく.これが私の仕事である.

ガザ侵略やめろ!-Ⅱ

 昨夜11日は定例の梅田解放区であった.
 出かけようとしたら,急に風が冷たくなり,少し暖かい上着と厚めのズボンにかえて出かけた.
 東梅田のヘップファイブ前に,いつもの人らが10数人集まり,声をあげる.

  戦争反対! パレスチナに平和を!
  岸田やめろ! 軍拡やめろ!
  万博やめろ! カジノはいらない!

 たたかうあるみさんもさっそくに上げてくれている.反戦タイガースさんも親子で参加しておられた.
 途中から,和服で和太鼓をたたく人が加わってくれて,その太鼓に合わせて道行く人に呼び掛けることができた.こうして街頭に立って呼び掛けていると,毎回だれかが一緒にやってくれる.すごく大切なことだ.

 12日のしんぶん赤旗』が報じているが,WHOのテドロス事務局長は報告で「10分に1人 子供が死んでいる。ガザの医療は崩壊寸前だ」と述べている.
 なんということか.

 いま,世界は戦争の時代となったのだ.

 ロシアとウクライナの戦争が始まったとき,「ウクライナ危機」を書いたが,そのときはこれがパレスチナの戦争につながるとは思ってもいなかった.
 だが,ロシアによるウクライナ侵略が,国際的な戦争と侵略への扉を再び開き,それがハマスのテロを誘発し,そしてイスラエルパレスチナ侵略につながったのではないか.
 この先、イスラエルのはじめたこの戦争は,イランとイスラエルの戦争に広がり,それは第三次の世界大戦となることもありうる.

 なぜ G7 は即時の停戦を提案しないのか.アメリカという国は,政治家が国内福音派ユダヤ人ロビーに屈しているし,EU はナチの殺戮を許した負い目があり,英国は二枚舌で中東紛争を引き起こした元凶だからではないか.
 西側諸国は何があってもイスラエルに味方しパレスチナの主張を蔑ろにする.これは第一次中東戦争からこの75年間一貫している.

 日本はこの75年間,戦争による死者はいない.それは憲法9条のある国家であるからだ.これを踏まえて,ロシアとウクライナパレスチナイスラエルに,それぞれ停戦と話し合いを提起することができる.
 しかし歴代自民党政権は,アメリカに隷属し,主体をもって動くことなど,まったくできない.それどころか,『しんぶん赤旗』も報じているように,岸田政権は軍拡をあおり,「敵基地攻撃能力を速やかに整備」などと11日に自衛隊入間基地でひらかれた航空観閲式で訓示している.
 その後ろにあるのは世界の軍需産業であり,それはまた今回のイスラエルの侵略を操っている.

 この現代世界の構造がこれほどあからさまになってきたのは,資本主義がそれだけ衰退し、もはや隠し通せないようになってきているからだ.
 そして日本は資本主義が衰退の最先端を走っている.
 夢洲での万博はもうできない.万博の破産はいずれ現実化する.それは近代日本の衰退と破産の典型となる.日本維新の会とは,このように日本の破産を現実化する政治勢力である.このこともまた明らかになりつつある.

 『分水嶺にある近代日本』のなかでその締めとして,

この歴史的現段階をふまえて近代日本を問い直し、資本主義の次の時代を見すえたわれわれの理念を育て、政治に向かう。

と書いたが,まだまだその運動は小さい.
 だがレイバーネットが『パレスチナに平和を!11・10 緊急行動〜青山通りを埋めた4000人』と報じているように,新しい動きが始まっている.
 私もできるかぎり,この歴史の動きに参加し,考えてゆきたい.

ガザ侵攻やめろ!

 昨夜は第4土曜日,定例の 梅田解放区 であった.
 午後5時半に東梅田のいつもの場所で「戦争反対!」 の横断幕を掲げて,
  戦争やめろ! 
  パレスチナに平和を!
と呼びかける.

 この日は午後5時から中之島公園の女神像前で『ストップ・ジェノサイド! ガザ緊急アクション(関西)』も行われていた.その様子は緑のニライカナイさんが書いてくれている.そのデモがJR大阪駅御堂筋北口前に戻ってくるというので,皆で6時頃,大阪駅北側の方に移動する.そこで街宣を続けていると,このデモが合流してきた.

 いつものようにたたかうあるみさんも報告してくれている.反戦な家づくりさんも久しぶりにお顔を拝見した.かつて生活の党を支援する集会等でよくお見かけした.

 この日の中之島公園での集会とその後のデモは500人を超え,大阪駅での街頭集会は入れ替わりも含めると1000人近い結集があった.
 ムスリムの人たちも多くあつまり,パレスチナにルーツのある子供が自分の言葉で語る.意味はわからないが,気持ちをこめた言葉であることはわかる.

 司会の大石あきこさんも涙ぐみながら「止めよう ガザ虐殺」と叫んだ.「ガザへの無差別殺戮の即時停止を!!」という25団体が呼びかけるビラも配られていた.

 ウクライナでの戦争,そしてパレスチナでの戦争.何ということだ.
 「戦争反対!」を街頭から呼びかけて5年近くになるが,世界の戦争はむしろ拡大している.歴史がまったく新しい段階に入りつつある.
 それでも,いや,だからこそ「戦争反対!」を訴え続ける.一人の人として訴え続ける.その思いを強くする.